一話 魔族達の集う酒場にて
東城彰人(29)185センチ:三木隆志と同じ事務所に在籍している。もとはモデルだが、今は俳優業にも力を入れている。実は数少ない悪魔族。
悪魔族:インキュバスやヴァンパイアのように精気を欲したりも血を求めたりもしない。が、30歳までに番を定めて婚姻の契約書を交わさないと死んでしまう。魔族の中でも上位種なので色々と魔術が使える。唯一、魔女を従えることもできる。が、契約には厳格。
神と天使族との最終戦争で敗北した悪魔族は穏やかに暮らすことを許される代わりに、産まれて30歳までしか生きることを許されなかった。増えてはまた戦争を仕掛けられるかもしれないと危惧した神の非情な決断だった。
それでは滅びるかもしれない。魔王は神と交渉し、心清らかな娘を娶ることのできた悪魔族だけに30歳以降も生きることを嘆願し、許された。
…こうして、最終戦争で敗北した悪魔族は細々とだが、繁栄を許されて……
だが、それが何だと言うのだろう。30歳までしか生きられない? 無駄に長生きするより幸せなことじゃないか。美女と美酒を大いに堪能し、30歳を前に死んでいくのも悪くないだろう。
俺の場合も当然、そうするつもりだった。だが、現状はそれほど甘くはなくて。
「アキ、どうかしたかな?」
「そうだぜ。急に黙り込んでさ」
四人掛けのテーブルで、お気に入りのウィスキーを揺らして弄んでいた俺の聴覚を、二人分の男の声が刺激した。俺はゆっくり芝居がかった仕草で一口呷ると、
「ごめんよ。ちょっと悲嘆にくれていたのさ。貴重にして稀有な友人が二人も身を固めてしまうなんて! とね。あぁ、なんて残念な日なんだろう! しかも、俺は君達を祝福しなければいけないとはね」
自分でもキザでわざとらしいと自覚できる仕草で悲嘆にくれて見せる。
それだけが黙り込んでいた理由ではないが、あながち嘘でもない。日向カイルと桐生アラン… この二人とは幼い頃から美貌を生かして数多の女性達とともに遊んだものだった。
「あっはは! なるほどね。悪い遊びができなくなって残念がっていたというわけだ。…それだけではなさそうだけれどねえ」
「だよなあ。俺達、もう長い付き合いだぜ。アキ、隠し事は無しにしようや」
二人とは長い付き合いだということと、三人揃って数少ない純血の魔族としての能力がさせているんだろう。
鋭い勘を働かせて、俺の内心を探りにかかる。気の置けない関係だというのに、心を許せるようでいて、そうしきれない関係。だが、俺にはそれが心地よく感じた。俺達は三人とも人間じゃない。魔族としての地位に差はあるものの、稀有な純血の魔族だ。
かつて、人と結託した天使族によって滅ぼされかかった歴史もあり……
そこまで両親から教わった歴史書を思い出した所で、どうせあと何か月かの寿命なら、大きな賭けに出てみるのも悪くないだろうと思いつく。
「君達に明かしていないことが一つあるんだ。これは魔族の上位種である悪魔族にしか伝わっていないんだがね。特にカイル、君は無関係でもないよ」
「へえ、この期に及んで黙っていたこともでもあるってのか?」
「まあ、そんな所さ。カイル、アラン、心して聞いておくれ。悪魔族だけに伝わる御伽話だよ」
冗談めかした口調で切り出し、ざっくりとまとめて魔族全体が人間界という異界に逃げ出し、細々と人間のふりをして生きねばならなかった経緯を……
二人は御伽話と言ったのに、まじめな顔で聞いていてくれた。特に神が悪魔族に与えた生き続けるための残酷な条件のあたりで顔色を失うほどで。
「マジかよ… そんな遠い昔に起きた戦争の為に俺達はこんな目に…?」
「あそこで詩織と出会っていなければ、俺も…?」
アランはジントニックが、カイルはお気に入りのワインがぬるくなっていくのも構わず、反応に困るほど青ざめていた。
「アキ、お前はそれでいいのかよ? 誕生日、もうすぐだっただろ?」
「そうだねえ。幸いにもあと2か月の命というわけだ。だから、どうした?」
「どうしたって… いいわけねえだろ!! 俺はなにも失いたくねえんだよ! おまえも芹那もアランも! 誰も失いたくねえ!」
そう怒鳴り散らしたアランの目じりには涙が滲んでいて。純粋に俺の死を悲しんでいるんだと分かり、清々しい気持ちになる。…これを嬉しいと、人は言うのだろう。
「まあ、落ち着いておくれ。死に急いでいるわけじゃあないさ。俺は俺で魔王サタンから預かっているものがある」
ジャケットの懐から取り出したのは薄い紙切れ。真紅で書かれている文字は俺のような魔族の上位種でなければ読めないものだ。
「契約…? それだけは読めたよ。なんの契約書かと訊いてもいいのかな」
「それは内緒にしておくよ。無駄に死ぬつもりはないんだ。けれど、このままレディたちを口説くなんてのは俺の主義に反するからね。だから、運命の出会いとやらに、俺の命を賭けてみることにしたんだ」
顔色を失い、柔和にして色気の漂う美貌を引き締めているカイルの言葉に、ウィンクしつつ答える。
「以前、アランとカイルの頼みで少し協力しただろう? あの時に面白い魔女を拾ったからね。善良なる魔女と言っていたかな」
「あぁ、あの… 面白いばあさんな。芹那のことで礼を言いたいんだけど、どこにいるか分からないんだよな。俺の前には絶対に現れねえしさ」
「俺は信用していないけどね。自分を善良と名乗るなんて… なにか魂胆があるに違いないよ。なにを考えているのやら」
根が素直なアランは結果だけを見て素直に感謝の意を伝えようとしている。根が真面目すぎるカイルは顔を引き締めたままで疑心を隠そうともしない。そんな二人に笑みを漏らすと、
「それでも、現状は哀れにも心清らかな娘たちを救っている。今、この場にいない琉偉、琉偉の後輩である昴流和希くん、そして幸いなことに君達二人だ」
結果だけをまとめて述べる。二人とも納得するしかないんだろう。カイルは苦い顔をしているが…
「だよな! だから、あのばあさんに賭けてみるのか? アキ」
「俺は勧めないな。詩織系列で良い人を紹介するから。危ない賭けはやめるべきだ。アキ」
説得しようなどと思ったわけじゃないが… どう話したものかと思案を巡らせていると、不意に耳障りな大声が聴覚を刺激した。
「俺、ヴァンパイアかもしれないって思うんだ」
三人で反射的に目を向けると、そこにいたのはカウンター席に女と並んで座っている男一人… 横顔だが、整った目鼻立ちと背丈にどこかで見た覚えがある。…果たしてどこだったろうか?
「え~? なにそれ~。冗談にしてもつまんないよ~」
「マジだって! 俺はヴァンパイアの末裔かもって思うんだ。だとしたら、どうする? ヴァンパイアとのエッチってものすごく気持ちいいらしいぜ」
安い酒を片手に自慢げに言ってみせる。女の肩に腕を回したままで… 女は化粧と香水の混じった匂いがここまで漂ってきそうなほど派手に着飾っていて、いわゆるギャル系というものだろう。
「確かに噛み癖はあるけどね~。エッチなことの時、必ず噛むじゃん」
「だからさ。なあ、確かめてみないか?」
男は酔ったふりをしているが、それほどでもないだろう。酔いすぎてはものにならないから、気を使っているのかもしれない。
「彼女はいいの~? よく尽くしてくれてるんでしょ。たまには優しくしてあげないとね~。捨てられちゃうから! 瞳ちゃんだっけ?」
「瞳かあ。あんなの女じゃねえよ。金稼いでくれるんでなきゃ、とっくに捨ててるさ。化粧もしねえし、仕事の邪魔だからって髪もひっつめてばかりでよ。洒落っ気がないんだよな。その気にならないんだ」
「ひど~い! まるっきりオバサン扱いじゃん! かわいそ~」
下品に笑いつつ、そんなことを話してカウンター席から立ち上がる。横顔では分からなかったが、真正面からの顔でようやく思い出す。
「こんな所で出くわすとはねぇ。どうやら俺の後輩であるらしいよ」
「顔見知りだったんだね。アキの関係者だったのか… あとで事務所に報告しよう。相手のレディは近所で働く風俗嬢だと思うよ。立派に契約違反だから」
「弱い犬ほどよく吠えるってか! どこかで飲みなおそうぜ。気分悪くなった。ヴァンパイア族を名乗るのもおこがましいっての!」
そんなことを不快そうに吐き捨てるアランに笑みを浮かべたカイルが肩を軽くたたいて宥めると、
「それなら、俺の家に来るかい? ワインを衝動買いしてしまったんだ。作り置きだけれど、簡単に料理も用意できるよ。詩織は今実家に帰っていてね」
と世話好きな性分が疼いたのだろう。アランを慰めようと心配りを発揮してみせる。
「それいいな! じゃあ、飲ませてもらうついでだ。俺も手伝うよ。場所代ってことでさ」
「では、ここの支払いは俺が済ませておこうか。面白い事を聞かせてもらったことだしね」
三人で話しつつ席を立つ。脳裏にあんな雑魚にもなれない男に尽くす女はどんな風だろうと、チラリと考えた。
……俺が笑いかければ? いや、心から愛すれば…
あっさりと彼女の運命を変えることさえ簡単なのにと考えて、笑みを漏らす。こんな哀れにも愚かな女達はこの世にどれだけいるか知れない。一人ひとり救うのも無駄に思えるほどで。
それでも出会ってみたいと思う心を止めることなど、出来はしなかったが。
続きます( ^^) _旦~~ お付き合い下されば幸いです。彰人くんとカイルくん、アランくんの会話が書いていて楽しかったです。それにしても… (-ω-;)ウーン クズを描くのは難しいですね。感想お聞かせ下されば幸いです。




