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第二部 二話 彰人の傲慢な優しさ

隆志から解放されたはずなのに、その頃の呪縛が今でもどこかに残っているんだろう。一人になると、なにも口にできなくなってしまった。9年間の呪縛から、私はまだ開放されていないのかもしれない。


「詩織様と美鈴様は時間通りにいらっしゃるそうですよ。奥様」


「それはよかった… では、魚料理を覚えたいとのことでしたのでぶり大根でもお教えしましょうか」


「畏まりました。主人に頼んで、大急ぎでぶりの良いのを仕入れてもらいましょう」


本音は自分でお店まで行って見定めたいんだけれど… でも、無駄に心配させてしまうのも良くないので黙って頷く。


「おふたりとも明るくて優しいお嬢様ですもの。奥様の気分も晴れますわ」


小さく頷いて洗濯物を干す手を進めた。家政婦さん夫婦が心配するのも分かるんだけれど、彰人さんの心配も分かるんだけれど… そんな病的に痩せて見えるのかな。私にとってはこれが日常だったのに。


「彰人さんの心配も分かるんですけど… 急に太れるものでもないのに」


「奥様ほど大事になさりたいと思われるお嬢様がいらっしゃらなかったのです。お遊びは数えきれないほどでしたが… 慣れていないのですわ」


私の呟いた言葉に柔和な面差しの家政婦さんが答えてくれる。


あればあるだけお金を使ってしまう隆志のせいで、絶食を繰り返している間に摂食障害になってしまったらしい。…らしいと付くのは今でも自覚がないからで。


昨日は芹那さんが来てプリンを一緒に作って、今日は詩織さんと美鈴さんが来てぶり大根を教える。


こんな風に私から料理を習ったり、一緒にお菓子作りをしたりしてランチまで食べていく約束になっている。…全て私を心配した彰人さんの心配りだ。


そういう風に簡単に人を動かしてしまえるのが彰人さんの無意識の傲慢さなんだけど、家政婦さん曰く愛情の証なんだと言われてしまうと何も言えない。


「洗濯の残りは私が引き受けますので、奥様は料理のお支度をお急ぎください」


「あ、そうですね。では、あとはよろしくお願いします。残ったスコーン、冷凍室に入ってるので持ち帰ってください。大した出来ではないので申し訳ないんですけど」


「あら、ありがたく頂戴いたしますわ。奥様」


笑みを深めて言ってくれる家政婦さんと別れて、乾燥室からダイニングキッチンに戻る。



ダイニングキッチンのテーブルにはすでに立派なぶりが氷水に漬けられてさばかれるのを待っていた。キッチンの隅で家政夫さんが控えていて。


「一匹まるごとですか… それにしても立派ですね」


「彰人様の為に、漁港から直買いした逸品です。三枚おろしまでなら私がお引き受けしますが?」


「いいえ、こんなに立派なのは初めてですけど、お魚さばくのは得意だったので大丈夫です」


内心はちょっと不安があったけれど、大好きだからこそ、彰人さんの愛情がこんな傲慢なやり方でしか示せないなら、私はそんな彼に尽くすことで示したいから…


「久しぶりだけど、なんとかなります…!」


とブラウスの袖をまくり上げて包丁を握りしめた。ちょっと私の手には余る大きさだったけれど、オシャレなカウンターキッチンが魚屋さんみたいな匂いになってしまったけど、どうにか切り身にまで分けることができて。



その頃には家政婦さんに案内されて、エプロン姿の詩織さんと美鈴さんがやってくる所で。


「すごい魚の匂いすると思ったら! 大きなぶりだよ! 美鈴」


「はい。奥様がお一人でさばかれたのです。ご立派でしたよ」


「マジで!? そこから見たかったな~! 私なんて魚の内臓も触れないんだもん。尊敬しちゃう」


家政夫さんの言葉に感心して口々に言う二人に心が和む。9年間の貧乏暮らしで友人という友人を失った私には尊い友人かもしれない。…彰人さんは傲慢なだけの人じゃない。だからこそ、慕ってくれる後輩も友人も多い。


万物に恵まれた神に愛されたみたいな人だ。実は悪魔なんだけど… 私も悪魔だったらもっと恵まれたのかな。そんなことをチラリと考えてしまう。


こんな風に卑屈になりそうな時、彰人さんの言葉が浮かぶ。貧しくて苦しいだけだった9年間は全て東城彰人という悪魔に出会う為だったんだと…


…それならいいかなと納得してしまう自分が不思議。


「お二人とも、今日は照り焼きとぶり大根にしましょう。こんな立派なお魚が来てくれたんです。無駄にしないようにしないとですね」


「分かった! カイルさんの前でカッコよく作れるようになりたいの」


「OK.ぶりの照り焼きくらいなら私も手伝えるし。和希さんから料理のお礼にってほうれん草の白和えとひじきの煮つけ持ってきたから、お昼ご飯に食べようよ」


珍しそうにぶりの頭を眺める二人は愛される女の子の自信が満ち溢れていて、眩しいほどだった。…私も愛されているはずなのに、どうしてこんなに羨ましいんだろう。


幸せでいられるってことと、幸せでいなきゃっていうのは似てるけど違うのかな。…どうすれば幸せになれる? 芹那さんも五月さんもそう。愛される女の子は自信に満ち溢れているんだ。


「瞳さん…? どうかした?」


「いいえ、早速大根の支度から取り掛かりましょうか。皮むきと面取りからですね。大根は大きく切った方が美味しいですよ」


心配してくれる詩織さんにそんなことを説明して、料理に頭を切り替えていく。心配してくれる二人には嘘をついているようで申し訳なかったけれど…


この回はもっと女子会っぽくなるはずだったんですけど( ゜д゜)ウム あけすけな女の子の会話メインで。でも、そうなりませんでした。すみません。瞳さんが恥ずかしがったのかな。次回はカイルさんとアランくん、登場します。ちょっと頑張ってもらう予定です。お付きくだされば幸いです。感想お聞かせくださればもっと幸いです。

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