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第二部 一話 微かな苦みの残るハニームーン

蜜月とはこんな風かと、俺は日々噛み締めていた。もちろん、それだけではいられない。分かってはいたけれど……


「今日はそんなに遅くならないから」


「うん。じゃあ、夕ご飯も作るから楽しみにしていてね」


「もちろんだ。では、リクエストしようかな。ぶり大根なるものを食べたことがなくてね。作ってくれるかい?」


そんな他愛のないことを話しつつテーブルに並んでいるスコーンとミルクティーを楽しむ。


砂糖なしで濃いめのセイロンティーをベースにしたのが俺の好みだ。…こうやって日常を作り上げていければ、それでいいと思えれば、どれだけよかっただろう。幸せであることに嘘はないけれど…


「そういえば、ママレードを手作りしたんだったね。美味しいよ」


「よかった…! 作りすぎちゃったの。1キロの瓶に三つもあるから、午後から来てくれる詩織さんと美鈴さんにおすそ分けしようと思うんだけれど…」


「それはいいね。カイルとアランに自慢の種が増えたな。芹那さんと五月さんにも用意してあげよう。俺が仕事のついでに届けるから」


俺の向かいに座って笑ってくれる瞳は未だにBMIで18にも届いていない。


もとからストレス過多の状態で長く放置されていたせいもあるんだろう。本人が思っているより増えていない。医師の診断では体が飢餓状態にあるから、栄養バランスを考えなければ逆に太りすぎてしまう可能性もあるとの事だった。


だからといって、家政婦夫妻に甘えっぱなしで家事をろくにしなかった俺ではできることも少なくて。


「あんまり自慢ばかりしたら怒られちゃうわ。いくら子供の頃からの付き合いだからって… 申し訳ないかも」


「なあに、日々自慢されていたからね。これくらいは笑って許してもらおうじゃないか」


笑みを深める瞳に心から安堵する。幸せでいてほしい。それまでの分を取り戻して溢れるくらいに… そうでなければ、俺のプライドが許さないから。


「彰人様、マネージャーの浅井様が時間より早く迎えにいらっしゃいました。 お話があるとかでカイル様とアラン様もご一緒です」


ダイニングキッチンに家政婦が現れて、幾らか申し訳なさそうな顔で言う。けれど、今は一日で最も大事にしている朝食の時間なので、席を立とうとしている瞳を止めつつ、


「では、別室に通してくれ。大事な朝食の時間を邪魔されたくないんだ。それと、ママレード1キロを4人分に分けて。そのうち二つは俺が持っていくからラッピングも頼むよ」


といくつかの命令を出した。


芸能人として生きている以上、仕事も大事だけれど今は瞳との時間を優先したいからだ。なにしろ瞳は俺の前以外ではあまり物を食べられないから。おそらく長い奴隷のような生活の反動かもしれないが…


本人も気付いていないが、一人では食事を摂りたがらないと心配した家政婦夫妻が交代で俺に知らせてくれるので、分かったことだが…


「本当に急がなくていいの? 浅井さんだけじゃなくカイルさんとアランさんも待っているのに」


「約束の時間より1時間も早く来たのはあちらだ。合わせる道理はないな。さあ、もう少しだけ君との時間を楽しませてくれ」


恋するとはこういうことなんだとよく分かる。今の俺の優先事項は瞳のことであって、スケジュールを5年先まで埋めている仕事じゃない。瞳の命と幸せこそが俺の最も優先すべきことだ。それは譲れないから。


「はいはい。スコーンのお代わりあるけれど、いるでしょう?」


「ついでにブルーベリージャムもほしいな。あれもまだあっただろう? 瓶ごとでいいから」


「分かりました。朝ごはんは大事だものね。あなたの場合はいつスケジュール変更になるかもわからないんだし。しっかり食べていってね」


他愛のない会話を楽しめる日常を大事にしたい。魔王サタンの名と地位を継いでいる祖父から生前贈与されたマンションによる収入があるから、実は働かなくても生きていくことはできる。


けれど、それでは面白くない。…短い人生を彩るには何かに真剣に打ち込むことも大事だと。仕事でも恋でも命がけであってこそ輝きを放つ。俺と同じ純血の悪魔として産まれた祖父の言葉だ。


祖父は麗しい見た目を生かして恋多き男として生き、老齢になったのをきっかけに魔王サタンの名と地位を継ぎ、穏やかな隠居生活に入った。けれど、俺は……


「本当に大事なものというのは、本当はさほど多くないのかもしれない。そう思うよ。本当は君とのんびり隠遁生活というのも悪くないかな」


ブルーベリージャムの瓶をテーブルに置いてくれた瞳を見上げて、不意にこぼす。瞳は大きな目をパチクリさせて戸惑ったかと思うと、


「私はいや! 舞台で輝くあなたを観ていたいもの。本当は五月さんみたいに特等席で支えられたらとも思うわ」


唇を笑みで彩って告げた。その唇に触れたい。そう思うけれど……


「では、シェイクスピアも感動してくれるような舞台を作り上げなくてはいけないな。仕方ないから、今日も励んでくるよ」


と告げて、腰に腕を回して抱き寄せ、膝にのせて頬に触れるか否かのキスを落とした。今はこれでいい、これでいいから。この軽すぎる体重がもう少し増えるまでは……


それだけで満足できるのか? 否…! 俺は悪魔である以前に一人の男でしかない。そんな凶暴な側面があるのも無視できない。それでも……

ラブ分高めですね(・∀・)イイ!! 彰人さんは悩まない人なので新鮮で難しかったです(-ω-;) 今回は考えすぎて動けなくなっている感じでしょうか。頭いい人なんで、たまにはこんなこともあるでしょうと… そんな感じです。次回もお付き合いくだされば幸いです。感想お聞かせくださればもっと幸いです。

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