トネリコの魂石①
ふたりのエルフが、幸せそうな顔でこちらを見ている。
何かを言っているが、水の中にいるかのようにこもっていて何も聴こえない。
景色が変わり、今度は少し離れたところから声をかけてくる。
「こっちへおいで、トネリコ」
ふたりは歩く練習をするトネリコの成長を喜び、笑っていた。
「この子はミモザだ。仲良くしてやってね」
知らない顔のふたりが抱く幼子が、こちらを見て笑顔を浮かべている。
トネリコもその幼子に手を伸ばし、笑っていた。
少しずつ、確実に、目に見えてトネリコとミモザは成長していった。
魔族との戦いで傷付き、倒れたエルフの魂迎えの儀式を行なった。
村のみんなが集まり、悲しみ、涙を流した。
その子供が、魂石を受け継ぎ、人が変わったかのように大人びて見えた。
新しい子供が生まれれば、村のみんなで祝った。
「トネリコが生まれた時も、みんながこうして祝ってくれたんだぞ」
両親と手を繋いだトネリコが嬉しそうに笑った。
弓を引く練習をして、森での暮らしを教わり、時々ミモザと喧嘩をして、幸せな家族と共に大きくなっていた。
トネリコが初めて的に矢を当てられた日の夜、人間の襲撃があった。
平和だった村は、人間の襲撃によって終わってしまった。
村が燃えていた。
家も畑も、弓の練習場も。
この時はまだエルフ族に仮面を被る習慣はなかった。
逃げ惑うエルフの見知った顔が、見た事もない恐怖に包まれていた。
襲ってきた人間が、聞いたこともない言葉で叫んでいた。
ただ恐くて何が起こっているのか、どうすればいいのかもわからなかった。
父、シラカバは村長として勇敢に戦い、人間が使う、見慣れぬ形の弓で殺された。
母、ローズはトネリコを抱えて、とにかく逃げることしか出来なかった。
そうして逃げ延びた先は、誰も寄りつかない沼地だった。
見知れぬ沼地。
周囲には何があるのか、何がいるのかもわからない。
暗くて、空気は悪く、何をするにしても泥にまみれる。
火を使う事を禁じられ、ただ寒くて、生き延びたみんなで震えながら互いに身を寄せた。
風や、木の揺れる音、暗闇から聞こえる全ての音が怖かった。
トネリコも、腕を木に引っ掛け、怪我をしていた。
そこから、死が迫って来るようで、ただ怖くて震えて泣いた。
「きっとみんな帰って来るから」
トネリコを抱きしめたローズが励ますように、自らに言い聞かせるように呟いた。
叶わないとわかっていても、希望が必要だった。
そうして夜を明かした。
怪我をしていたうちの数名が、朝には冷たくなっていた。
「村の様子を見てくる」
そう言って数名が、村の様子を見に行った。
残された者達は、ただ生き延びる事に必死だった。
「ゴブリンだ」
誰かが叫んだ。弓を持ち、戦った。
沼地は、安心できる場所ではなかった。
しかし、他に逃げる場所はない。
ゴブリンと戦うしかなかった。
村の様子を見てきた者が1人になって、帰ってきた。
何を見てきたのか、幼かったトネリコに伝えられる事はなかった。
ただ、もう、あの村には戻る事ができないのだろう。
あの平和で、幸せだったあの頃は2度と戻らない。
幼いトネリコにも、それがわかった。
新しい生活が始まった。
村長の妻だったローズが指揮を取り、沼地をエルフが住める環境に変えることから始まった。
水はけを良くし、泥を乾燥させながら植物を生やす。
トネリコもミモザも魔法を習い、手伝った。
泥が地面に変わり、歩いても泥にまみれる事は無くなった。
食べられる木の実や野菜を魔法で育てた。
環境が良くなれば、そこを狙う魔物も増える。
ゴブリンや他の魔物と戦う事も増えた。
その度に、傷付き、倒れる者もいた。
山の向こうから銃声が聞こえ始め、恐怖でおかしくなる者もいた。
長い年月と共に、生活を少しずつ変えていった。
他の人間に襲われた、怨みを持つ魔物から身を隠す為、仮面とマントを身につける事。
家も襲われないように、木の中に建てる事。
火は使わず、煙は立たないようにして、少しでも他の魔物に気付かれないようにする事。
もし仮に人間に捕まった後には、何をされるかわからない。拷問を受けて村の場所を吐く前に、毒矢を使ってでも自らの命を断つ事。
母、ローズは村を支えるために常に気を張り続け、笑うことは無くなっていった。
人間の襲撃に会う度に。
魔族との戦いで命を落とすエルフが出る度に。
親友だったミモザの両親が死んでからは、人が変わったように表情が変わり、家に帰ることも無くなった。
ローズは自分を責め、後悔をしていた。
「もっと早く、逃げていれば……」
魂迎えの儀式でそう呟く声が聞こえた。
独りになって泣いていたミモザとふたりで暮らした。
互いに支え、助け合い、何度も人間の襲撃から逃げ、その度に生活が変わった。
それでも懸命に生き延び、ふたりも大人になった。
そうしてある日、人間の襲撃の日に村の様子を見てきた者に聞かされた。
人間の行いを。
殺されたエルフからは魂石が1つ残らず奪われていた事。
エルフの死体の数が合わない事から、生きたまま連れ去られた者がいること。
その中には、トネリコの友人もいた。
家は焼かれ、それでも何か残っていないか、誰か生きていないか確かめようとした所を、待っていた人間に再び襲われ、なんとか逃げ延びた事。
人間という生き物の恐ろしさを、思い知らされた。
人間とは決して戦ってはいけない。トネリコの心にはそう固く刻まれた。




