トネリコの魂石②
「また、音が近づいている」
トネリコは、東の山から聞こえる音に耳を向けながらつぶやいた。
「相変わらず嫌な音だ」
それに答えたのはミモザだった。
「アタシらはいつまで、こんな生活を続けなきゃならないんだ」
トネリコは暗い失望の混じった声で呟いた。
ふたりとも、顔につけた仮面のせいで表情はわからない。
それでも付き合いの長いふたりは、仮面の裏でどんな顔をしているかがわかる。
そして、人間に対してどんな感情を抱いているかも。
初めて人間に村を襲撃されてから今までに、何度も村の場所が変わった。
新しい場所で村を作りながら、更に先をあらかじめ調べておき、逃げ場の目星をつける。
ある程度まで音が近づいてくると、人間の襲撃がある前に西に逃げる。
そんな生活にも限界が近づいてきていた。
「だからアタシらは早く人間と戦うべきなんだ」
ミモザの声には焦りと怒りが込められている。
ミモザの両親は人間の2度目の襲撃で殺された。遺体の損傷が酷く、魂石も奪われたせいで魂迎えの儀式すら行えなかった。
人間を殺す事が、ミモザの生きる目標だった。
「それはダメだ。アタシらは人間には勝てないんだから」
トネリコは諦める事を自らに言い聞かせるかのように呟いた。
2人の意見は対立していた。
逃げる事を辞めて人間と戦い、村を守る事を望むミモザ。
このまま逃げ続け、村を作り替えながら生き延びる事を望むトネリコ。
エルフの村全体の意見も同様に二分化していた。
人間に恐怖し恐れてしまった、村の大多数を占めた逃亡派。
家族を殺された恨みが恐怖を上回った少数の闘争派。
しかし、どちらを選んでも大量の死者が出る事もわかっていた。
東から来る人間は、あれからますます勢力を増している様子で、音の聞こえない日は無くなりつつあった。
しかし、西への逃げる土地は、安全な場所が見つけられていなかった。
どこを探しても、すでに他の強力な魔族の縄張りになっていた。
西に逃げるなら、他の魔族が住んでいる場所を、人間のように襲い、命を賭して奪わなければならない。
負ける可能性だって大いにある。
戦いから逃れる事は今のままでは絶対に出来ない。
それを止めているのはトネリコの母、ローズだった。
村長代理として、村周辺の状況を調べて、全体の判断を決定してきた。
ローズがいなければ、人間の襲撃から逃れることはできなかっただろう。
しかし、今の村の状況は最悪だった。
逃げることも、戦うこともできないローズに業を煮やした闘争派のエルフ達がまとまって、東に偵察をしようと準備をしている。
ローズ率いる逃亡派は今日も新たな土地を探しに行っている。
数日かけて西へ向かい、魔物に襲われ、また数日かけて村へ戻ってくる。
それをずっと繰り返し、少しずつ死者も増えている。
それでも、人間と戦う事を選ぶよりはマシなのだろう。
村の、闘争派のエルフ達も似た様子だ。
口では勇ましく戦いを挑もうとは言っているが、本心では恐ろしいのだろう。
村長に成り代わって村を率い、戦いを仕掛けるまでにはまだ至っていない。
そんな現状を少しでも変えようとトネリコは今日も、人間の戦う音の鳴る場所へひとりで向かっていた。
トネリコが東へ偵察へ向かっていても、付いて来るものはいない。
いや、居なくなったのだ。
逃げ遅れ、殺された。
それを見て、恐ろしくなってしまったのだろう。
仇を取ると声高に言うだけか、人間の恐怖を思い出し逃亡派に鞍替えした。
それでもトネリコが東へ偵察へ向かう理由。
初めは、人間の死体に残された、人間の持ち物を拾う為だった。
何に使うかわからない道具がほとんどだった。
しかし、その中に使えるものがあった。
金属製のナイフや身につけた服や防具。
人間の知識がなくとも使えるものはあった。
それらをトネリコは可能な限り全て持ち帰り、自分の家に保管していた。
使い方のわからない道具も余裕があれば持ち帰った。いつか何かの役に立つかもしれない、と願って。
しかし、その日は何よりも大きな拾い物があった。
それが『生きた男の人間』だった。
魔物に襲われ、倒れた所を仲間に見捨てられたのだろうか。
トネリコが見つけた時には生きていることが不思議なほどの大怪我を負っていた。
この時の傷薬はまだ、それほど効果が無かった。
それでも、トネリコは出来る限りの治療を行ってみた。
傷薬を作るのは簡単だ。
人間が死んでも構わない。
ただ、人間について何か情報が1つでも欲しかった。
しかし、村に持っていけば、人間に怨みを抱き、恐れた村人に殺されてしまうだろう。
だから、意識を失った人間は、大木に魔法で開けた穴に隠した。
暇を見つけては、様子を見て、治療をした。
エルフと人間の体の造りに大きな差がない事は死体を調べて予めわかっていた。
人間の体には魂石がないことを除いて。
怪我が治り、治療を続けて3日、人間は意識を取り戻した。




