トネリコの魂石③
目を開けた人間は、しばらくぼんやりとしていた。
トネリコは木の影に姿を隠して、矢を引いた弓を人間に向けていた。
自分の身に起こっている事態などが判るはずがない。
体は木の中にめり込ませて自由を奪い、頭だけを出した状態にした。
何も知らない者が見れば、大木の幹から頭が生えている化け物に見えるだろう。
「……。僕はまた死んだのか」
人間が小さくこぼした言葉は、離れた場所にいたトネリコには聞き取れなかった。
内容はどうでも良かった。
「死にたくなければ質問に答えろ」
トネリコはできるだけ低く、恐ろしいと思われるような声を出した。
「誰だ」
人間は、意外なことに落ち着いた様子を見せ、体が動かない事を察するとすぐに動きを止めた。
しかし、人間の問いへの答えは矢での脅迫だった。
いつでも殺せる事を思い知らせるため、顔を掠めないぎりぎりの位置に矢を撃った。
人間は、木の幹に刺さった矢に一度目を向け、すぐにトネリコが隠れる木陰に視線を向けた。
無論、木の葉に隠れたトネリコの姿を見つけられる訳がない。
それでも人間は、確実にトネリコを見ていた。
その視線に構わずに、トネリコは質問を始めた。
「どうしてお前たちは私たちを襲う」
これはトネリコがずっと抱いていた疑問だった。
トネリコは人間と魔物が戦っている音が聞こえると、必ず争いの跡地に足を運んだ。
その理由は、確かに初めは、人間の死体から使える物を探すためだった。
しかし、そこらに転がる死体を観察している内に気づいた事があった。
人間は、そこに住む魔物を倒すと、魂石は必ず取るが、死体そのものは放置していることが多かった。
しかし、どれだけ調べても人間には魂石の跡すら無かった。
つまり人間が戦うのは肉や皮を撮る為でも、土地を奪う為でもない。
そして、魂迎え以外の目的で魂石を得る為に魔物を襲う理由があるのではないか。
それがトネリコの出した答えであり、疑問だった。
少しの間、沈黙が森を包む。
人間は慌てず、恐れも見せずに言葉を選んでいた。
「……。金になるからだ。魔物の体にある魔石は、高く売れる」
魔石、とは魂石の事だろうか。
「金とはなんだ。売るとはなんだ」
「金は、価値があるとする物だ。つまり……、他の物と、交換できる。それが売るということだ」
「……。なんの為にそんなことをする?」
「お前たちは、他の人間が……いや、人間じゃないのか?まぁ、他の仲間が持っている物が欲しいと思ったらどうしている?」
「持っている物は、みんなの物だ。借りればいい」
「それが、一つしかなくて、今すぐにみんなが使う必要がある場合は?それか、一度使うと壊れるか、無くなってしまう物だったら誰が使うかを決める?」
「それは村長が決めることだ」
「……小さなコミュニティで統率が取れている場合はそうなるのか……。それか、長の権力が強いのか」
人間はトネリコに答えるため、ではなく自分の中での考えをまとめているように小さな声で呟くいていた。
「人間は数が多いから、必要になる。他の村と争う事なく、物を交換するためには」
トネリコはやはり聞いても、お金について理解ができなかった。
それでも理解しようと考えて、初めの質問の答えとして納得出来ない事はわかった。
「それで、人間は魂石を何に使う」
「魂石……魔石のことか?それは……、生活の為だ。生活を豊かにする為に、お前達から奪っている」
生活の為。
それはそうだろう。魔族だって、生活の為に他の魔族を殺す。
肉を食べ、皮や骨で物を作る。
「……だったら、どうすればお前達は来なくなる」
「止める事は無理だろう。お前たちから取れる魔石の価値が落ちるか、取ることが出来なくならない限りは……、不可能だ」
この人間の言う事は難しい。
人間と会話をしようとしたのは間違いだったか、とトネリコは早くも後悔していた。
面倒な事になる前に殺してしまうか。
いや、まだ人間の道具について聞くべきだろうか。
トネリコが悩んでいると今度は人間が口を開いた。
「……お前は、何者なんだ」
トネリコは答えず、弓を撃つ構えをとった。威嚇の為の矢をもう一発撃ち込んで、立場を解らせようと思った。
「なぜ俺と会話ができる?魔物は言葉がわからないと聞いたが」
「そんなこと、私が知るか」
そう冷たく言い放ったが、人間の治療をしながら考えた事はあった。
ゴブリンと会話ができないのと同じで、言葉が通じないのではないか、と。
しかし、その時はすぐに殺せばいいだけだ、と思っていた。
失うものは少しの時間だけで、得られる物の方が多いかもしれない可能性に賭けた。
「俺はこの世界の人間でもないし、魔物でもない」
突如放たれた人間の言葉は難解だった。この世界とは一体……。
「俺はこの世界の人間が好きではない。場合によってはお前の味方をしてやる」
木の幹から顔だけを出した人間はまるで自分の方が優位に立っているかのように、落ち着いたら声で話している。
「随分な言い草だな。キサマに何ができるというのだ」
首だけの男は少しだけ笑みを浮かべた。
バキバキと、何かが割れる音が響いた。
そう思った時、男を封じている大木にヒビが入っているのが見えた。
考えるより先に、手が動いていた。
構えていた矢が放たれる。
しかし、矢は刺さらなかった。
木から生えた男の右腕が、矢を掴んでいた。
「やはり、毒矢か」
男は体を包む大木をまるで物ともせずに抜け出しながら、矢尻を観察している。
目の前のあり得ない光景を前に、トネリコの思考は止まっていた。
この男を死なせずに治療をした自分への後悔。
この敵には絶対に勝てない、という目に見えた恐怖
自分だけでなく、村全体を巻き込んでしまう絶望。
トネリコは僅かの間、男がどう動くのかを見ることしかできなかった。
しかし、男は動かなかった。
矢を手に持ったまま、トネリコの潜む木陰に視線を向けている。
私を待っているのだ、とトネリコが気付くのに時間は掛からなかった。
『場合によってはお前の味方をしてやる』
先ほどの、人間の言葉が頭をよぎる。
トネリコには覚悟を決めざるを得ないことがわかっていた。
後ろ手に、毒矢を隠し持って人間の前に姿を現した。
この男を殺す為ではなかった。
捕まった時、せめて、仲間の位置を聞き出された時に『自決』する為に。




