森に住む者⑦
「何してんだい、早く入りな」
穴の奥から聞こえるオババの声に、慌てて中に入る。
大木の中にエルフの魔法で作られた広い空間。
アカシアの家と同じ作りだ。
しかし、穴の中は明るかった。
その理由は、壁にかけられた松明の燃える炎のおかげだった。
エルフの村では勝手に火を使う事は禁止されている。
実際にアカシアも火を見るのは随分久しぶりだった。
「まずはそこに座りなさい」
オババが指示した場所は、寝床のような広さの椅子だった。
座り、顔を上げると、オババは仮面を外して向かいに座っている。
ミモザ以外の、仮面を外したエルフの顔を見るのは初めてだった。
シワが多く、小さく、たるんだ皮膚の下に表情があり、喋るたびに口が動く。
「本当に、覚悟は出来ているんだね」
オババは最後に念を押すように、尋ねる。
その声と表情は穏やかで優しかった。
アカシアは戸惑いながら、ああ、と短く答えた。
短い沈黙が、部屋を包む。
「……まずは仮面を外してマントも脱いでくれるかい」
そう言われて、アカシアの動きは止まった。
ミモザ以外の前で仮面やマントを外した事は、今まで無かった。
もはやそれらは体の一部と言ってもいい。それを外そうとすると、体が動かなかった。
「急に言われても、難しいかね。……どうだい、村での暮らしは」
オババの口から出た言葉は、意外なものだった。
「え……いや。まぁまぁ、です」
思いがけない質問に、しどろもどろに答えるアカシアの様子を見て、オババは少しだけ笑みを浮かべた。
「村の外に、興味があるのかい?それとも、人間にかね」
オババはアカシアの考えを見透かしていた。
「どうして、それを」
「あのミモザがトネリコの魂石を渡したんだ。それ以外ないだろう」
アカシアにはその言葉が意味する事はわからなかった。
ただ、オババの言葉や表情からは敵意や非難を一切感じられなかった。
むしろ優しく穏やかな声色だ。
「……どうして、そんな事を聞きたいんだ?」
「自分の孫がどう思っているか知りたいのは、普通の事だろう」
「じゃあ、オババは……」
オババと呼ばれた事に驚いた表情を見せ、笑った。
「アッハッハ!そう呼んで貰えると嬉しいね。あの子には、結局、最後まで村長と呼ばれていたからね……。まぁ、それも全部、今にわかる事だ」
「……そうだな。俺はいつ迎えれば良いんだ?」
「好きな時にすればいいさ。今の、ここでの話は、ただの孫との話なんだから。ただ、後で、あの子に何があったのか。それだけは必ず聞かせておくれ」
オババは、トネリコの魂石が近くにあって、何があったのか知らない事も多いであろう中、それでも魂迎えをずっと行わずにいたのだ。
知りたいと思うのは当然だろう。
「わかった。約束する。」
「……ありがとう。……それともう一つ約束して欲しい」
オババはまっすぐとアカシアを見つめ、ゆっくりと話を続けた。
「魂を迎えると、互いに信頼していると思い合っていた相手の本心を知る事になる。裏切りや嘘も。全て知られる。だから、何を見てもトネリコやミモザのことを許してやって欲しい。物言わぬ石になってから本心を知られるのでは酷く虚しい、とワシは思う。口がきける内に、もっと本心で語り合っていれば良かったと後悔ばかりしておるよ」
魂石の主の記憶を見る。
アカシアは、ほとんど初めての経験だった。
もし仮に、俺が死んで、他の誰かが魂迎えをする。
その時、その誰かは何を思うだろうか。どう、思われるだろうか……。
松明の炎に照らされた手の中の魂石の、その重さを改めて実感した。
「さぁ、老人の長話はこれくらいにしておこうか。もし独りになりたいなら、ワシは外で待っておるよ」
「いや……ここにいて欲しい。それと……」
アカシアは自らの仮面に手を当てる。
一瞬手が止まった。
躊躇いでは無く、覚悟を決めるために。
仮面を取り、オババに差し出す。
「これを預かっていて欲しい」
オババは黙ってそれを受け取り、アカシアの素顔を見た。
トネリコの面影のある、その顔を見つめ、静かに涙を流しながら。
「ありがとう」
アカシアは目を閉じ、手に持った魂石を自らの右手にある魂石に押しつける。
そして、アカシアの中に、トネリコの魂が混ざっていく。




