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生きとし生けるものたち  作者: 鹿角 望月
カルネヴァの魂石
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カルネヴァの魂石⑤

 ボサノバとムドガルドは食事の準備を始めたようだった。


 ボサノバは暗くなりつつある森の奥へ入っていった。


 ムドガルドは木を拾い集め、火を焚き始めた。


 ファイアスターターを使ってつけられた小さな炎は徐々に大きさを増していく。


 カルネヴァの歴代の長の記憶の中にも、火を扱った記憶はなかった。


 犬人族は初めて見る火に驚き、警戒しながらも興味を持っていた。


「それは一体、なんですか?」


「んー?火だよぉ。君たちは見るの初めてぇ?」


 ムドガルドは驚くこともなく、慣れた手つきで火に木を焚べている。


 魔族の中でも、火を取り扱うことのできる種族は極めて少ない。


 特に、犬人族のように他の魔族との繋がりがなければ知る機会が全くないのだ。


「火はねぇ便利なんだけど、危険でもあるんだぁ。だからハルモニアでも、使っていい魔族は限られてるんだよぉ」


 夢中になって火を見つめる犬人族に、ムドガルドは説明を続けた。


 火の取り扱い方や危険、油断をすれば森を焼いてしまう恐れもあること。


 火の消し方や燃える条件など。


 カルネヴァ達が夢中になって火のことを聞いていると、ボサノバが戻ってきた。


 その手には何処かから狩ってきた動物が数匹、握られていた。


「おー、大漁だねぇ」


「俺はもう少し狩りをしてくる。準備ができたら先に食っていろ」


 そう言ってボサノバは再び森の中へ姿を消した。


 動物を受け取ったムドガルドは、慣れた手つきで捌き始めた。


 周囲には血の匂いが漂い始め、カルネヴァ達は自らの空腹に気づいた。


 今日は朝からシルヴァと森を歩いて、食事をしていない。


 色々なことが起こりすぎて、自分の空腹すら忘れていた。


 綺麗に捌かれた肉をムドガルドは焚き火の炎で焼いていく。


 血が滴る生の肉とは全く違う匂いが辺りを包み、カルネヴァ達は口から溢れる涎が抑えられなかった。


「まだちょっと生焼けだけど、食べていいよぉ」


「何言ってんの。これくらいが1番美味しいのよ」


 いつの間にかムドガルドの隣に来ていたミーコが、すでに焼けた肉を頬張っていた。


 そんなミーコに笑みを溢しながら、ムドガルドは焼けた肉をカルネヴァ達に渡す。


 受け取った肉は、美味しそうな匂いを漂わせている。


 しかし、いくら空腹であろうと、カルネヴァ達にも守るべき掟があった。


「群れの長より先に食べることはできません。それに、我々は食事を貰えるような仕事もしていません」


「ボサノバは先に食べるように言っていたからねぇ。食べてもらわないと僕が怒られるよぉ」


 ムドガルドもすでに食べ始め、ミーコも口の周りを油まみれにしながら、次の肉を食べ始めている。


 カルネヴァは意を決して食べることを決めた。


 肉を口に含むと肉汁が口内に溢れ、旨みが喉を流れていく。


 生の肉とは全く異なった食べ物だった。


 夢中になって肉を食べるカルネヴァを見て、他の犬人族も食べ始める。


 あっという間に、手に持っていた肉がなくなり、ムドガルドから次の肉が手渡される。


 満腹になっても、まだ食べていたくなるほどだった。


 ふと顔を上げると、いつの間にか戻ってきていたボサノバが焚き火のそばで食事をしていた。


 ムドガルドは追加の肉を捌いている。


 お腹が満たされ、冷静さを取り戻したカルネヴァに一つの疑問が生まれた。


 これだけの血や肉の匂いを漂わせたら、他の魔族が寄ってくるのではないだろうか。


 カルネヴァの中に生まれた疑問は、満たされた気持ちを打ち消すほどの恐怖を生んだ。


 周囲はすでに暗くなり、木々の奥は黒い闇に包まれている。


 不意に、その草陰を揺らす音と共に魔族が姿を現した。


 ボサノバと同じくらいの背丈の、黄色い毛皮と立派な立髪を持つ獅子族だった。


 カルネヴァは恐れながらも戦う姿勢を見せた。


「なんだ、ボサノバじゃねぇか。なんだってこんな場所でンなことやってんだ?」


 ボサノバの姿を見つけた獅子族は、驚いた様子は見せつつも敵意は一切なかった。


 慣れ親しんだ様子でボサノバに近づき、会話をしている。


「ゴザルを殺った。その祝いだ」


 ボサノバの一言に、獅子族の魔族は表情を変えた。


 睨むような、獲物を狙う目だった。


「ゴザルを?マジか……」


 獅子族はボサノバから目を離し、周囲を見渡した。


 カルネヴァ達の中に緊張が走った。


 今すぐにでも戦いが始まりそうな空気が辺りを包む。


 しかし、突然笑顔に表情を変えた獅子族はボサノバとの会話を続けた。


「そうか!やったのか!そいつは盛大に祝わないとなぁ!」


 大袈裟なわざとらしい声だった。


 獅子族も当たり前のように食事の準備を手伝い始め、ボサノバと倒した人間について会話をしている。


 途中、獅子族はカルネヴァたちに視線を向けた。


「アレ、昨日シルヴァと居た奴らだろ?」


「ああ、そうだ」


 その短い会話だけボサノバとしただけだった。


 そして、カルネヴァ達に話しかけた。


「まぁそんなに警戒することはねぇよ。どっちかってーと、守ってやってんだからな……おいボサノバ、テメェ説明したのか?奴ら、捕食者を見る目で俺を見てきやがんぞ」


 獅子族はそこでようやく怒った様子をボサノバに見せた。


「……誰が来るかは賭けだったから、警戒していた方がいいと思ってな。オマエだって、他の魔族が近付いていなかったら奪っていただろう」

 

 ボサノバの言い訳を聞いて、獅子族はしぶしぶ納得した様子を見せた。


「流石にボサノバに手は出さねぇよ。それよりも早く説明してやれ。怖がってんぞ」


 獅子族に促され、ボサノバはカルネヴァ達に説明を始めた。


「あー、つまり……仲間を呼んだんだ。炎と匂いでな。ハルモニアの顔見知りが来れば、シルヴァ達は手出しが出来ない。この時間はコイツみたいに人間を殺せなかった連中が戻ってくる時間だからな」


 ボサノバの説明に獅子族は怒り、本気で殺すぞと睨みつけている。


 しかし、それが互いに冗談である事はカルネヴァにもわかる。


 それほどに信頼があるのだとわかった。


 これが魔王軍なのだろう。


 獅子族のように草陰から顔を見せる魔族は多かった。


 ボサノバと親しげに話す魔族もいれば小さな悲鳴と共に逃げる者もいた。


 カルネヴァが初めて眼にする魔族が多かった。


 しかし、中には過去に犬人族を襲ってきた魔族もいた。


 同じ種族の魔族に殺された犬人族もいる。


 その時の記憶を持つ犬人族もいる。


 記憶を思い出し、怯えた様子を見せている。


 しかし、カルネヴァ達には構わず、気が付けば群れのように大きな集まりが出来上がった。


 多種多様な魔族が一つの大きな群れのように集い、食事をしている。


 そこには争いも、敵意も無い。


 常に他の魔族を恐れて逃げていた犬人族にとって、初めての光景だった。

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