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生きとし生けるものたち  作者: 鹿角 望月
カルネヴァの魂石
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カルネヴァの魂石②

 翌朝、犬人族はシルヴァと共に人間との戦いに出かけた。


 犬人族のおおよそ全てが森に入り、シルヴァの後をついて歩く。


 住処に残ったのは、幼い子供達とその世話の為の2人のみ。


 それ以外の犬人族、総勢16人が、森に入った。


 武器も持たず、人間の事も知らされずに。


 人間の外見についてだけは教えられた。


 顔に毛の生えていない、爪も牙も持たない弱い生き物だ、と。


 どれだけ歩いても、誰も不満の声を上げなかった。


 森の中で一泊することになっても従った。


 外で眠ることになっても、近くにはシルヴァがいる。


 それが心強かった。


 翌朝も再び歩き、ようやくシルヴァは止まった。


「みなさんはここで人間が来ることを待っていてください。大丈夫ですよ、人間は弱いですから。人間が現れたら存分に戦ってください」


「任せて下さい。我々、犬人族が命を賭して、人間と戦ってみせます」


「心強いですね。では私には仕事があるので、ここはお任せします」


 シルヴァは立ち去り、この場には犬人族だけが残った。


 犬人族は木陰に身を隠し、人間が来ることを待っていた。


 やがて、森の奥から初めて耳にする音が聞こえてきた。


 乾いた破裂音。


 犬人族の誰も知らない音だ。


 弱くも愚かでもない、強い人間が使う銃の音が。


 犬人族の誰も逃げ出す事はない。


 音は止まり、また少し近くで音が鳴った。


 人間が近づいてきている。


 そう思っていると4人の人間が姿を現した。


 初めて見る人間に怯える事はなかった。


 シルヴァの言葉を信じていたから。


 隙を見て、長が遠吠えをあげた。


 それを合図に、隠れていた犬人族の半数が樹上と地面から人間に飛びかかる。


 初めに半数の犬人族が囮となって姿を見せ、隙を見て残った半数が襲いかかる作戦だった。


 シルヴァの嘲笑う顔が脳裏を横切り、囮役のカルネヴァは一瞬ためらった。


 そのためらいが、カルネヴァに人間の恐ろしさを思い知らせた。


 飛びかかる犬人族の体が、空中で2つに別れて赤く染まった。


 一瞬の出来事だった。


 しかし、カルネヴァには理解が追いつかなかった。


 思考が止まり、現実感が消え去った。


「……コボルト、でござるか」


 刀を持った人間がそう呟いた。


 その人間は、他の3人とは明らかに見た目も雰囲気も異なっていた。


 服の隙間から見える手足や顔は傷跡がない場所がないほどだった。


 左目は眼帯で覆われ、よく見れば手の指も幾つか欠けている。


 それでも明らかに、他の3人の人間よりも強く恐ろしい事は明らかだった。


 他の3人の人間は何かを叫んでいる。


 しかし、その言葉は理解ができなかった。


 しかし、そんな事はどうでも良かった。


 仲間が殺された。


 それも、一瞬で。


 残された半数の犬人族もカルネヴァ同様に動けずにいた。


 長からの追加の指示はない。


 もし仮に指示があっても誰も動けないだろう。


 目の前の景色は、残った犬人族から戦意を奪うには充分だった。


 刀を持った人間は一度武器をしまい、辺りを警戒している。


 残った3人が、犬人族の死体から何かを奪っている。


 それが魂石であるとカルネヴァが気付いた時には、体が動いていた。


 勝算も、考えもなかった。


 ただ、それだけは決して奪われてはいけない。


 それは思考よりも本能に近い物だった。


「仲間、でござるか」


 カルネヴァの姿を見た人間はゆっくりとカルネヴァに近づいてきた。


 他の3人はカルネヴァを脅威と思っていないのだろう。


 一度だけ視線を向け、すぐに魂石を奪う手を動かし始めた。


 カルネヴァも逃げ出したくなる気持ちを抑え、それでも爪を立てて戦う姿勢を見せた。


 人間が刀を抜いた瞬間の出来事だった。


 幾つかの影が人間に襲いかかった。


 それはシルヴァとその同族だった。


 シルヴァの姿が見えた時には、戦況が大きく変わっていた。


 魂石を拾っていた3人の人間は、シルヴァの同族に喉元を噛み砕かれ絶命した。


 刀を持った人間だけがかろうじて、左腕を盾にシルヴァの噛みつきを回避した。


 腕を噛みつかれながらも、人間は刀を抜いて応戦した。


 シルヴァも即座に距離を取り、同族達と共に睨み合いになった。


 刀を持つ人間の左腕は、千切れかけ、かろうじてぶら下がっている。


 それでも人間は、戦意を失っていなかった。


 背後に立っていたシルヴァの同族が、死角から飛びかかる。


 それを見る事もなく人間は斬り伏せ、シルヴァの同族の1人が死んだ。


 殺された仲間を見てシルヴァは激昂し、遠吠えをあげた。


 怒りに狂い、我を忘れて人間に襲いかかる。


 人間はシルヴァに向かい合い、刀を向ける。


 だがそれはシルヴァの作戦だった。


 踏み込んだシルヴァは即座に反転し、森の中に姿を消した。


 シルヴァに気を取られている内に、残された同族達は仲間の死体を回収し、シルヴァと同様に森の中に隠れた。


 今いる仲間達では、この人間には勝てない。


 そう判断したシルヴァは仲間の魂石を優先したのだ。


 そして、犬人族は見捨てられた。


 いや、初めから捨て駒にするつもりだったのだ。


 カルネヴァの頭の中で、全てが繋がった。


 しかし、もう遅い。


 目の前の人間は、左腕を失いながらも戦意を失っていない。


 森の中に姿を消したシルヴァを追わず、カルネヴァを見た。


 恐怖に怯えて動けないカルネヴァに、刀を向ける。


「せめて楽に殺すでござる」


 人間は独り言のように呟く。


 それを止めるように飛びかかったのが長だった。


 しかし、この人間に敵うわけがない。


 顔も向けず、一刀のもとに斬り伏せられた。


 そしてまた、別の影が人間に襲いかかる。


 それがボサノバだった。


 人間も想定外の襲撃者に対応が遅れた。


 ボサノバの弾丸を越えた速度と怪力と体重。


 その全てを活用した体当たりは、シンプルな技でありながらも人間の体を大きく弾き、大木に叩きつけた。


 一瞬の内に、勝負はついたように見えた。


 何が起こったのか理解が追いつかないまま、カルネヴァはボサノバを睨みつけた。


 初めて見たボサノバに対して敵意を向け、戦う姿勢を崩さなかった。


 そんなカルネヴァに、ボサノバは優しく声をかけた。


「……仲間の魂石と倒した3人の人間の死体は好きにすると良い。俺はこの人間の死体だけ貰っていく」


 ボサノバの視線の先には、大木にぶつかった人間がいる。


 その人間は、死んでいなかった。


 体は有り得ない方向にねじれ、大量の血が流れている。


 普通の生き物ならば、死んでいるはずの致命傷だ。


 それでも立ち上がり、刀を構えている。


「まだ、勝負は……」


 立っているだけでも精一杯の様子でも戦う姿勢を崩さない人間は、放っておけば死ぬだろう。


 それはカルネヴァが見てもわかった。


 しかし、ボサノバは戦う姿勢を見せた。


 手にナイフを握って屈み、飛びかかる準備をしている。


 人間もそれに応戦する構えをとった。


 刹那、ボサノバの姿が消えた。


 カルネヴァの目にはそう見えるほどの速度でボサノバは飛んだ。


 ボサノバが人間の後ろに立つ姿が見えた時には、勝負はついていた。


 人間の首から大量の血が流れ、人間は膝から崩れ落ちた。


「……感謝、する」


 それが人間の最後の言葉だった。


 ボサノバの手に握られたナイフは折れ、肩からは血が流れている。


 人間はボサノバの速度に対応し、攻撃をしていた。


 それをナイフで防ぎ、爪で人間の喉を掻き切った。


 カルネヴァの認識できない一瞬の間にそれだけの戦いが繰り広げられていた。


「やはり、転生者は恐ろしいな」


 傷を抑えるボサノバの呟きは、カルネヴァに届いていた。

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