カルネヴァの魂石①
小さく弱い犬人族のカルネヴァは、いつも敵に怯えて暮らしていた。
犬人族が戦って勝てる相手は少ない。
犬人族の手では物を握る事が難しく、力も強くない。
種族の長所である嗅覚と聴覚を駆使して外敵から逃げ隠れて暮らしていた。
しかし、森の中で隠れているだけでは生活はできない。
食糧や水の問題もある。
群れの全員が食べていく為にはかなりの食糧が必要となる。
居住地と食糧がなければ繁殖もできない。
何より、一箇所に留まり続ければ匂いが濃くなる。
犬人族は常に移住を余儀なくされた。
カルネヴァも、不安や不満を抱えながらも長の命令に従った。
長の反対する者はいない。
そうやって暮らす以外の道がない事は、犬人族の全員がわかっていたからだ。
その犬人族の長に声をかけたのは、シルヴァだった。
シルヴァの外見は犬人族に似ていた。
灰色の毛皮を持つ犬人族に似た、しかし、犬人族にしてはあまりにも大きい体をしていた。
「魔王軍に入れば他の魔族から襲われる事もなくなります。それに、人間を殺せば土地も食糧も得られます。私に似た姿を持つ貴方達が死ぬのは心苦しいのです。どうでしょう、ぜひ、魔王軍への加入を検討して頂けませんか」
その柔らかな物腰と丁寧な口調は、逃げ隠れ続ける生活に疲れ切っていた犬人族にとっては劇薬だった。
長は加入を即座に決めた。
そしてシルヴァと共にハルモニアに行った。
ハルモニアは、今まで暮らしていた場所とは全く別物だった。
大量の多種族が行き交い、争う事なく共存している。
地面は平らにならされ、形の異なる家が並んでいた。
見た事のない食糧や匂いに囲まれ、カルネヴァたちは浮かれていた。
だから、気づけなかった。
すれ違う魔族が、シルヴァと共にいる我々の事を嘲笑うような、憐れむような目で見ていた事を。
そんなことに気付かないまま、シルヴァに案内されたのはハルモニアのはずれにある古屋だった。
初めて入る古屋の中は一目見ただけで快適だとわかった。
屋根と壁があり、地面も平らになっている。
雨も風もなく、陽射しの暑さも寒さも全く感じずにいられそうだ。
「何もない場所で申し訳無いですが、しばらくはここで寝泊まりをして下さい。後ほど食糧を持ってきますから、それまでくつろいで下さい」
シルヴァはそう言って立ち去り、言葉の通り食糧を持ってきた。
犬人族はそれを食べ、シルヴァに感謝していた。
「こんなに美味しい物を食べたのは初めてです。それに、こんな立派な住処まで……。どうか私たちに恩返しをさせてください」
「みなさん頭を上げてください。私は貴方達を助けられればそれで良いのです。……しかし、それでも気が済まないと言うのであれば、私達の仕事の手伝いをして頂けませんか」
「もちろん、なんでもやります。我々は受けた恩は必ず返します。それが、一族の掟なのですから」
「まぁなんと心強い。手伝いというのは、人間との戦いを手伝って欲しいのです。大丈夫、人間は愚かで弱い生き物です。貴方達でも簡単に倒せますよ」
「わかりました。我々も全力を尽くして戦わせて頂きます」
「貴方達が協力してくれれば人間はすぐに倒せるでしょう。ありがとう。私は仕事があるのでここを離れますが、みなさんも自由にして下さい。ですがこの古屋からあまり離れ過ぎないようにお願いしますね」
約束を交わし終え、古屋を出るためにドアに手をかけたシルヴァに、長は質問をした。
「……シルヴァ殿、この住処には別の魔族の匂いがあります。ここは別の魔族の住む場所なのではありませんか?」
長の問いに、背を向けたシルヴァは少し黙った。
「……ここに住んでいた魔族は遠くに行ってしまいましたから、戻ってくる事はありません。大丈夫ですよ。ここは私の所有する家ですから何も心配はいりません」
犬人族に背を向けたまま、返事も待たずにシルヴァは古屋の外に出た。
長の立つ位置からシルヴァの表情は見えなかった。
しかし、部屋の隅に座っていたカルネヴァには、シルヴァの顔が見えた。
弱い獲物を狩り、嘲笑うハイエナの横顔が。
カルネヴァを除く犬人族の全員が、シルヴァのことを信用していた。
食糧と居住地を手にした犬人族は浮かれていた。
もう、怯えながら眠る必要は無くなった。
飢えや渇きに苦しむ事も、雨や雪の寒さに震える事もない。
犬人族は初めて手にした『安全』を前にして浮かれていた。
シルヴァと共に、弱い人間を倒してこの生活を守るのだ。
犬人族は未来に希望を抱いて眠りについた。
ただ1人、カルネヴァだけが心に不安を抱えていた。
部屋を出る時のシルヴァの顔が、頭から離れなかった。
しかし、犬人族は長の命令に絶対に従う。




