見送る者の想い
初めて出会った時のことを、アカシアは覚えていないようだった。
まだ幼かった私は、その時、緑熊に襲われていた。
同年代のエルフと一緒に狩りをしていた時に角兎を見つけて、深追いしすぎたのだ。
気付いた時には緑熊の縄張りに入ってしまっていた。
目の前に緑熊が迫り、怯えきった私には何も出来なかった。
そこに偶然立ち合わせたアカシアが助けてくれた。
緑熊の急所に毒矢を撃ち、反撃の猶予も与えずに倒したのだ。
村のはずれに一人で暮らす、同年代のエルフがいる事は知っていた。
しかし、これまで直接会ったことも話したことも、大して気にした事もなかった。
それはお互い同じだったようだ。
アカシアは地面に倒れる私に声をかけることもなく立ち去った。
それが、アカシアとの初めての出会いだった。
アカシアの事は、ミモザに聞いてみた。
ミモザは言った。
あの子はアタシの子供だよ、と。
しかし、ミモザはあからさまに嘘をついているように見えた。
他の大人に聞いても、ミモザが子供を産んだ事を誰もしらなかった。
その答えを知る事も出来ないまま、アカシアと接点を持つ事もなく、長い年月が過ぎた。
きっかけは村の大人達が、御伽話として聞かされてきたトネリコの川から聞こえる音を調べる為に調査隊を組んだ事だった。
その時に初めて、私は人間という存在を大人達から聞かされた。
そして、ミモザに頼まれたのだ。
アカシアを監視して欲しい、と。
そしてもし、ミモザの身に何かあった時はアカシアの支えになって欲しいと。
私は、それを受け入れた。
命を救われた恩は今が返す時だ、と思ったから。
結果、村は人間の襲撃に遭い、私はまた、アカシアに救われた。
その日の夕方、アカシアはトネリコの魂石を迎えた。
私は、アカシアの事を深くは知らない。
それでも、その日からアカシアは変わったと思う。
村とのつながりを持ち、村の移動の際には護衛役として戦ってくれた。
新しい村になる場所に、誰も欠けずに辿り着く事ができたのはアカシアの支えがあったからだ。
村のみんなはその事を知らない。
それが悔しくて、私は新しい村ではアカシアと話すようにした。
この新しい村ではアカシアの居場所を作ってあげたかった。
そう思っていたら、ボサノバと出会ってしまった。
アカシアはボサノバに興味を持っていた。
それも、私では止められないほど大きな興味を。
私はすぐにミモザに相談した。
このままではアカシアがどこか遠くに行ってしまう、と。
しかし、ミモザは止めるつもりはないようだった。
私に止める権利はないから。ごめんね、せっかく仲良くなってくれたのに。
そう言ったミモザの声は僅かに震えていた。
私には、ただ見送る覚悟が出来なかった。
だから、私ができる事は全てやった。
村のみんなにアカシアの事を知ってもらいたかった。
仮面を作るのが上手な事を知ってもらう為、サレアの仮面を作ろうと提案した。
頃合いを見て、アカシアを呼ぶようにクヌギに伝えた。
計画通り、アカシアはサレアに仮面を作り、喜ばれていた。
そして私はそれを遠くから見ていた。
酷く胸が痛かった。
それでも、アカシアがいなくなるよりもマシだった。
ボサノバに、アカシアを起こしてきて欲しいと頼まれた。
私は呼びに行くふりをして、アカシアは体調が良くないようだ、と伝えた。
アカシアにはいつか嘘をついた事が知られてしまうだろうか。
それでも、構わない。
アカシアが死なないでいてくれるなら、それでいい。
そう思っていた。
けれども、どれだけ私が行動しても、アカシアは村を離れる決意をした。
それを私は、村長の家の外から聞いていた。
アカシアは魔王軍との繋ぎ役として、またこの村に戻ってくると聞いた時は嬉しかった。
でも、それ以上に、人間と戦う事が怖かった。
死なないで欲しい。
私には、祈ることしかできない。
私がアカシアと一緒に行っても足手纏いになるだけだ。
そして、家族と別れて村を出る勇気は私にはなかった。
勇気がなかった私は、アカシアを見送ることしかできない。
朝、アカシア達は村のみんなに見送られて、ボサノバ達と村を出た。
ここにいるみんな、ボサノバの取ってきた肉を食べた仲だ。
ボサノバやサレアと個別に交流を持った村人もいる。
アカシア達の姿は木に隠れてすぐに見えなくなった。
姿が見えなくなっても、ミモザとローズはアカシアが向かった山を見ていた。
きっとこの2人は、アカシアにトネリコの姿を見ている。
見送る事の出来なかったトネリコの姿を。
残された私たちも、この村で変わりなく生きていく。
アカシアがこの村に戻ってきた時、変わりなく迎えられるように。




