沼地の襲撃者⑩
「魔王軍の仕組みについては、今、説明するのは辞めておこう。疲れているだろう」
村に戻る道中、ボサノバから話を聞いた。
「その代わりと言っては悪いが、サレアについて話しておきたい」
ボサノバの仲間。
アカシアはまだサレアしか知らない。
ボサノバの仲間は、他にも異なる種族がいるのだろうか。
「サレアは鬼人族と呼ばれる、人間に近い外見をした魔族だ。そのせいで揉める事もあるが、剣の腕は確かだ」
「助けた時の怪我はどうしたんだ?」
「……あれは、他の魔族にやられたんだ。人間との戦いが終わって、油断していた。他の仲間ともはぐれて、誰も住んでいない沼地に逃げ込んだんだ」
「襲われたのは人間の外見のせいか」
「それもあるが、アイツらは俺たちが拾った認識票を奪おうとしたんだ」
「タグって、人間が持っている銀色の板の事か」
「そうだ。あれが、魔族の中での通貨になっている」
「そうか。……なら、サレアも俺たちみたいに仮面を被るのはどうだ?」
「仮面……。そうか、その手があったか。いや、実は、サレアと一緒に戦うようになったのは最近なんだ。思いつかなかった」
「役に立てたならよかった。……それで、どうしてサレアと仲間になったんだ」
「最初に見かけたのは『ハルモニア』……、ああ、そこが魔族が共生する村の名前なんだが、そこで他の魔族と争いになっていた所を助けたんだ」
「ハルモニア……。そこで、争いに……」
「外見のせいで、人間と間違われていたんだ。サレアも戦う為に来ていたから、あの時は酷い有様だった」
「他の仲間を殺して、罪に問われなかったのか?」
「その時は、殺された奴らから手を出していたからな。それに『番犬』にすぐに止められていたからな」
「番犬って?」
「番犬は村の監視者だ。村での争いを止める為に選ばれた、腕の立つ魔族たちだ」
「なるほど……番犬」
「番犬はハルモニアにいるが、外にはあまり出ないんだ。人間と戦う為にいる訳ではないからな」
「なるほど。複雑なんだな」
ボサノバが説明を渋った理由が何となくわかった。
しかし、同時に、ハルモニアで暮らす為には必要である事もよくわかる。
「それじゃあ、他の仲間も……」
アカシアがそう言葉にした時には、村の前に着いていた。
「他の仲間については明日しよう。今は村長への報告を済ませたい」
「そうだな。俺も、言わないといけないよな」
村を出ることを伝える。
しかし、エルフの掟では村を抜けることは固く禁じられている。
一度、村を抜ければ戻ってくることは許されない。
ボサノバと行きたいと伝えれば、何があっても戻っては来れない。
ミモザやローズには、どんな反応をされるだろうか。
そんな事は許されないと、止められるだろうか。
2人に止められて、それでも俺は、行くと言えるだろうか。
「大丈夫か」
様子のおかしいアカシアに気付いたボサノバが、心配そうな顔を見せている。
「大丈夫だ。俺は伝える」
アカシアは自分に言い聞かせるように答えた。
ボサノバには、アカシアがそこまでの覚悟を決めている事はわからない。
しかし、今まで共に暮らしていた仲間や、やっと手に入れた平穏から離れる覚悟をしている事は伝わった。
「……無理に今、村を出る必要はない。俺は魔王軍として、今後もエルフの村とは交流をしていきたいと思っている。村との繋ぎ役になってくれれば心強い」
ボサノバの提案に、アカシアは答えなかった。
そして、ローズの家に着いたボサノバは、ゴブリンの巣を壊滅させたことを報告した。
その証として、手に入れていたゴブリンの魂石は全てローズに渡した。
ローズ達は、今日のうちに終わるとは思っていなかったようで、驚いた様子を隠せていなかった。
「……それと、提案なんだが、もし可能であれば、今後もエルフの村との交流を深めさせてもらえないだろうか。あなた方の使う植物を操作する魔法は、人間との戦いに必要なんだ」
ボサノバの提案に、ローズはすぐには首を縦には振らず、その場では答えは出なかった。
これまでのエルフの長い歴史の中で、外部との交流を図ったことはなかったのだ。
それも仕方のないことだろう。
ボサノバも良い返事がすぐにもらえるとは思っていなかった。
サレアが食べた食料の補填や、ケガの治療もある。
まだしばらく、エルフの村に滞在することは決まっていた。
四人の話も終わりかけた時のことだった。
「……それで、アカシアから何か報告はないかい?」
これまで沈黙を貫いていたアカシアに問いかけたのはミモザだった。
会議の間、ずっと顔を伏せていたアカシアは急に話を振られて慌てた。
言うタイミングを、ずっと見計らっていた。
覚悟を決めていたはずだった。
しかし、ミモザの顔を見て、言葉が出なかった。
「……何もない」
そう答えると、アカシアは立ち上がり、部屋を出た。




