沼地の襲撃者⑥
「何も話を聞けなかった……」
村に戻ったアカシアは、落ち込みながらローズの家を遠くから眺めていた。
当然ながら家の中は見えない。
森の中でローズの判断を待っている間も、カエデに止められて話を聞く事はできなかった。
カエデに止められた上に、傷を負って倒れた仲間の様子を、心配そうに見るボサノバと話をするのは気が引けた。
しばらくの時間が経ち、やってきたのはローズの側近だった。
そうして話す間もなく、側近とボサノバは共に村に戻り、ローズの家に入っていった。
アカシアとカエデも共に村に戻り、特にできることもなく、ただ家を外から眺める他なかった。
倒れていたボサノバの仲間の看病は他のエルフが担当している。
意識がない相手なら話が聞けない。
そして何より、アカシアの側に立つカエデの相手をしなければならなかった。
「やっぱり村に連れてくるべきじゃなかったと思うよ」
今更の事を、カエデはアカシアに怒りをぶつけるかの様に言い続けていた。
「村に連れてくる判断をしたのは俺じゃない。ローズに言ってくれ」
カエデの事を見ることもなく、冷たく言い放すアカシアにカエデは怒りが増していった。
「それに、アイツらを助けない方がよかったんじゃない?あれだけのゴブリンが居るなら、近くに巣があるはずだよ」
「それも知らない。カエデだって助ける時に反対しなかったし、巣があるならゴブリンは狩らないといけないだろ」
言い負かされたカエデは怒りを堪えきれず、踵を返して立ち去った。
カエデがいなくなったことに気付かないまま、アカシアはローズの家を見続けていた。
ローズの家から側近が出て行き、ミモザを連れて再び家に入っていった。
「なぁ、カエデ。何でミモザが……」
そこでようやくアカシアはカエデの姿が見えない事に気付き、しかし、怒っていた事には気付けなかった。
「……誰かに呼ばれたのか?」
検討はずれの答えに納得して、アカシアも移動する事にした。
ここに居ても、話が聞ける訳ではない。
わかっていてもやれる事もない。
「仲間の様子でも見にいくか……」
アカシアは治療をしている家に向かうことにした。
家の前では数人のエルフが、好奇心に釣られて家の外から中を覗いている。
「よぉ、アカシア。お前が見つけて来たんだってな。だったらお前が責任取れよ」
アカシアに気付いた、名前のわからないエルフが家の中を指差しながら言う。
アカシアも開いたままのドアから中を覗いて見ると、傷を負っていたボサノバの仲間はすでに意識を取り戻した様子だった。
そして何かを食べているようだった。
「目を覚ましてからアイツ、ずっと食ってるんだ。このままじゃ食糧庫の食い物、全部なくなっちまうよ」
エルフの村では、食糧が大きく2種類に分けられている。
一つは、魔法で成長させた、木に成ったままの果実や野菜だ。
植物は、エルフの魔法で無尽蔵に作り出すことができ、好きな時に食べる事が許可されている。
もう一つは 肉や魚などの火を使って加工された食糧だ。
これは、素材を取る機会が限られている上に、火を使う事が禁止されたエルフの村では貴重だ。
村の中で選ばれた村人だけが火を使う事を許され、加工をしている。
その加工が必要な食糧の貯蓄は、移動する前にほとんどを食べた。
長距離の移動に体力をつけ、荷物を減らす為だとミモザは言っていた。
だから今、村に残っている肉の量は少ない。
「大体、なんで正体もわからない奴に食わしてんだよ。村長にバレたらどうするんだ」
「その村長からの指示なんだよ。傷を治して、食糧も食わしていいって」
食糧を運ぶエルフが足を止めて、事情を説明する。しかし、その本人も納得がいかない様子だった。
アカシアはもう一度、家の中に視線を向けた。
家の中では、エルフや人間とも違う、額から薄桃色のツノが生えた魔族が食事を続けている。
その魔族が、こちらに視線を向けた。
「ねぇ、ボサノバはどこ?」
冷たく、圧のある綺麗な声だった。
問われたエルフたちはしどろもどろだった。
答えていいのか、そもそもボサノバが誰か、どこに居るのかもわかっていないからだ。
「俺たちの村長と話をしている。必要なら案内する」
それをわかっているのはアカシアだけだ。
案内に乗じて話し合いに加われないだろうか、という魂胆だった。
「いや、いい。無事なら良かった」
アカシアの思惑は実らず、目の前の魔族はまた、静かに食事を再開した。
「おい、また食べ始めたぞ。どうするんだ」
再び、理不尽な追求がアカシアに投げかけられる。
アカシアが返事に困っていると、今度は後ろから声がかかった。
「アカシア。村長がお呼びだ」
そこにいたのは側近だった。
アカシアがその言葉を聞いて喜んだのは言うまでもない。




