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生きとし生けるものたち  作者: 鹿角 望月
沼地の襲撃者
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沼地の襲撃者⑤

 新しい村での生活は順調だった。


 村人全員が暮らすには十分な広さの土地は確保し、家も建った。


 ローズの指示で村は2手に分かれた。


 村に残り、生活のための食糧や薬草の栽培を始める者。


 村を出て、周辺の安全を確保する為に警戒と魔族狩りをする者。


 誰がどちらの仕事をするのかは、ローズが振り分けた。


 その日、アカシアは狩りに出かけていた。


 隣には、カエデがいる。


 一緒に森を回るようにローズから指示を受けたからだ。


 カエデは出かけてからは時折、トネリコについて話をするだけで、ほとんどは黙って歩くだけだった。


 周囲を警戒しつつ、来た道や風景を覚えていく。


 森の中で迷えば、村に戻る事は難しくなる。


 帰り道を忘れないように、ただ歩き続けた。


 異変に気付いたのは、遠くから聞こえた何かの叫び声がきっかけだった。


 先に気づいたのはカエデだった。


「今、何か聞こえなかった?」


 カエデの問いに、アカシアが周囲に耳を澄ませた時だった。


 もう一度森の中に響いた声は、確かにアカシアの耳にも届いた。


「……そうだな。多分、ゴブリンの威嚇する声だ」


 遠くから聞こえるその声の場所へ向かう。


 見回りに出ていた村の誰かが襲われている可能性があるからだ。


 2人は声もなく走る。


 やがて、アカシアの目に飛び込んだのは、異様な光景だった。


 ゴブリンの群れが、黒い何かを囲み、襲いかかる隙を窺っている。


「あれ、人狼族じゃない?なんでこんな場所に」


 木の裏にアカシアと並んで隠れるカエデが小声で呟く。


 囲まれているのは、人狼族だった。


 アカシアは人狼族を見るのは初めてだった。


 二本足で立つ大きな体は黒い毛皮に覆われ、さらにその上から人間のような防具を身に纏っている。


 しかし、その人狼族の動きは目に見えて鈍かった。


 にじり寄りながら背後から飛びかかるゴブリンの攻撃を、紙一重でやっと躱している。


 その原因は、その背中に背負っている荷物のせいだ。


 いや、よく見ればそれはただの荷物ではない。


「あれ、背負ってるの、人間だよね……?」


 カエデの言葉の通り、背負われているのは人間のような見た目をしていた。


「なんで人間を……?」


 アカシアも思わず疑問を口にしていた。


 しかし、それと同時に、アカシアの脳裏にはトネリコとアーデンの事が思い浮かんだ。


 人間をただの食糧として見ているのであれば、わざわざ背負ったまま戦わないだろう。


 一度、地面に置いて後からまた拾えばいい。


 不利になることをわかった上で背負い、ゴブリンの攻撃が人間にも当たらないように躱しながら戦う理由は一つしか考えられない。

 

「……助けよう」


 アカシアはそう言いながら、弓を構えた。


 カエデも一瞬、何か言いかけて、すぐに弓を構えた。


 体制が崩れた人狼族の隙を狙って、背後から飛びかかったゴブリンの体が、空中で矢に貫かれた。


 すぐに異常に気付いたゴブリンがアカシア達の立つ場所に向かって走ってくる。


 しかし、ゴブリンの足で近づくには、距離が離れすぎていた。


 必死に向かってくるゴブリンは、十分な距離がある2人にとってはただの的と相違無い。


 動いているゴブリンがいなくなるまでに、時間は掛からなかった。


 それでも、2人は弓の構えを解かなかった。


 その矢は人狼族へ向けられている。


 敵対する可能性は、ゼロではない。


 それに、ゴブリンとの戦いを見る限りでは、動きが早すぎた。


 背負っている人間を降ろして、木の隙間を矢を躱しながら走ってくれば、殺されるのはアカシア達だろう。


「俺は魔王軍のボサノバだ!仲間の治療をしたいだけだ!争うつもりはない!」


 ボサノバと名乗った人狼は、敵意のないことを証明するためだろうか。


 人間を背負ったまま後ろを向き、膝立ちになった。


 人間の背中には、右肩から左腰にかけて赤い線が走っている。


 背後から切り付けられた跡であることは明白だった。


 アカシアとカエデは顔を見合わせ、無言のまま頷いた。


 助けることに、迷いはなかった。


 ポケットから傷薬を取り出しながら駆け寄り、人間に掛ける。


 ボサノバは事態を理解すると、背負っていた人間を地面にうつ伏せに寝かせる。


 それは、よく見れば人間ではなかった。


 額から、角のように生えた薄桃色の魂石が人間ではない事を証明していた。


「ありがとう……助かった。助太刀と、治療まで、感謝する」


「……こいつは仲間なのか?種族が違うのに」


「そうだ。……それより、その薬は高価な物なんじゃないか?悪いが今は持ち合わせがないんだが……」


 アカシアの中で湧き上がる疑問が止まらなかった。


 村の外の事を知る為に、もっと色々なことが知りたい。


 そのことで頭が埋め尽くされていた。


「そんなことはどうでもいい。それより——」


「それより先に、村に報告した方がいいんじゃない?」


 そんなアカシアを止めるように、カエデが言葉を遮った。


「……それに、この魔族は信用できるの?」


 カエデは警告するように、アカシアに小声で尋ねる。


「……ああ、そうだよな。ボサノバ、だったか。悪いんだけど、村まで一緒に来てもらってもいいか?」


「村に連れて行くの?場所がバレると、まずいんじゃない?」


「それもそうか……」


 ボサノバから話を聞きたいアカシアは、ボサノバと話をする事を優先して考えてしまっていた。


「俺は魔王軍に所属しているから魔族同士の争いは禁止されている、と言っても信じられないよな」


「魔王軍って何だ?」


「アカシア、質問は後にして」


「わかったよ……。だったら俺だけ、いや、それもダメだな……」


 アカシアが悩んでいると、誰かが近づいてくる音がした。


 警戒して弓を構えると、姿を現したのは、他の見回りに出ていたエルフだった。


 アカシア達と同様に、ゴブリンの声を聞いて駆けつけたのだろう。


「……どういう状況だ?」


 と、聞かれたアカシア達は起こったことを説明した。


「だったら俺達が村に報告に行ってくるよ。カエデ達はそいつから話を聞いていてくれ」


 そう言い残し、村へ向かっていったエルフを見送った。


 喜ぶアカシアとは裏腹に、カエデは不安になっていた。


 アカシアが、遠くに行ってしまうのではないか、と。

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