森に住む者①
今日もまた、山の向こうから音がしていた。
それは乾いた竹を叩いたような良く響く破裂音や、肌を震わせる爆発音だったりと様々だった。
その音は鳴らない日もあれば、数分で止まったり、一日中鳴り響く日もある。
そして、音の出所は日によって変わり、エルフの住む、この山に近づいてきていた。
エルフ族のアカシアはその出所のわからない音が恐ろしかった。
今はまだ、遠い山の向こうで鳴る音の原因が、そう遠くないうちにこの村にもやってくるのではないか。
そんな予感があった。
「相変わらず嫌な音だね」
音の方向に顔を向けていたアカシアに、声をかけたのはミモザだった。
「今日は少し近くなっている」
そう言いながら、アカシアはミモザを見た。
ミモザの表情はいつも通りわからない。それは、顔につけた木彫りの仮面のせいだ。
アカシアも同様に自分で彫った仮面を被っている。
家を出る時は仮面を被り、体はフードの着いた緑色のマントを纏って地肌を出さないこと。
それはエルフ族の掟として絶対に守るように決められていることだった。
しかしその仮面のデザインは好きに決めることができ、そこに個性が出る。
それで誰か区別している。
シンプルな古いミモザの仮面に比べ、アカシアの仮面は個性的だった。
他のエルフたちは凹凸の少ない丸みを帯びた形をベースに、木の実や綺麗な石を砕いて作った顔料で綺麗に彩り、一つの仮面を長く使う。
アカシアの仮面はそれとは明らかに異なり、地味な色でありながら、彫りの深いゴブリンのような、見るものを恐れさせるデザインをしていた。
初めてアカシアを見かけた村の子供は遠目に見かけたにも関わらず泣き出してしまうほどだった。
アカシアは複雑な形の仮面を彫ることが好きで、アカシアの家の壁には様々な種類の仮面が掛けられている。
「……調査隊を出すことが決まった」
「ミモザも行くのか?」
「ああ。……この調査が終わったら、アンタに伝えなきゃならない事がある」
ミモザの含みのある言葉にアカシアは疑問を抱いたが、それよりも今はミモザへの心配が勝った。
ミモザは、幼くして両親のいないアカシアのことを育ててきた母親のような存在だった。
エルフのしきたりや言葉。狩りの仕方から弓の扱いまで、生きる為の全てをミモザから教わった。
「俺も着いていく」
「ダメだ、アンタは調査隊に選ばれてないし……危険だ」
仮面の向こうからアカシアを真っ直ぐに見つめるミモザの目から伝わる意志は固かった。
こういう時のミモザは絶対に意見を変えることはない。
昔からそうだった。
「……わかった。家で待ってるよ」
そう答えながらアカシアは頭の中で素早く思考を巡らせていた。
勝手に着いて行けばいい。バレずに着いて行くことはそう難しいことじゃない。あとは何を持って行くべきか……
「ちなみに、アンタの監視をカエデに頼んであるから、勝手に着いてこようとしても無駄だからね」
図星を突かれたアカシアの思考は止まり、新たに生まれた別の問題に向けられた。
「なんでそんな事を……カエデって誰だ?」
「……アンタもアタシらと同じエルフ族なんだ。繋がりを持っていた方がいい」
ミモザの答えにアカシアは黙った。そして無意識のうちに左手で自分の耳に手を当てていた。
アカシアの耳は他のエルフ族の長く尖った物とは異なり、短く丸みを帯びている。
アカシアはそれを原因に幼い頃、他のエルフ族に『耳なし』と揶揄われてから距離をとっていた。
幼いアカシアは他のエルフと耳が異なる理由をミモザに聞いたことがあった。
しかし、ミモザは答えてはくれなかった。
「村の連中はアンタのことを嫌ってる訳じゃない。ただお互いを知らないだけだ」
「……別に俺は、仲間なんて、欲しく無い」
ミモザにも聞こえないほど小さな声で呟き、アカシアはその場を離れようとした。
「おい、どこへ行くんだい。まだ話は終わってないよ」
「狩りに行ってくる」
ミモザに背を向け、アカシアはその場を離れた。




