沼地の襲撃者②
改めて村を歩いてみると、この場所はトネリコがいた時から変わっていない事に気付いた。
木は成長して大きくなり、村の人口も増えている。
しかし、それ以外に大きな変わりは見られない。
さっきまでいた広場や弓の修練場も、改めて見るとトネリコの記憶の中にある。
アカシアの中に、この村で過ごした記憶が確かにあった。
新しく生まれた子供の誕生に、村のみんなで喜んだこと。
人間や、他の魔族に襲われて命を落とした者の葬儀を行ったこと。
人間に怯えて、他のエルフと衝突した事もある。
様々な思い出が、まるで自分が体験したかのように思い起こせる。
そして何より、この村が残っていたことへの喜びは大きかった。
トネリコ達が作った川は、今日までこの村を人間から守って来たのだろう。
村の中を見て、不思議な感覚に浸りながら、アカシアは村を歩いていた。
アカシアは気付いていないが、その立ち振る舞いは、魂迎えを行うとは全く異なっていた。
すれ違うエルフから目を逸らす事も、うつむく事もなくなった。
まるで長年住んできた場所のように、村のどこに誰の家があるかがわかる。
「この場所は……」
アカシアが立ち止まったのは、トネリコの家があった場所だった。
そこにあったはずの木は無くなっていた。
思い出と違う光景に、胸が痛んだ。
きっと、人間から拾った物と共に処分されたのだろう。
近くの誰も住んでいない木に寄りかかり、地面に座る。
目を閉じ、トネリコの魂石から見えた記憶を思い出す。
トネリコは家の木に登り、村を眺めるのが好きだった。
トネリコがその景色を最後に見たのは、村から逃げ出す時だった。
あの時のトネリコには、それを楽しむ余裕はなかった。
しかし、今、この景色に胸を痛めているのは、自分だけではないことはわかっていた。
きっと、ミモザやローズの方が、この景色を見て苦しんでいるはずだ。
2人を苦しめているのは、家だけではない。
エルフ族の慣わしで、死者の肉体は魔法で木に変えられることになっている。
罪人のトネリコの遺体は、村の外で木に変えられたのだろうか。
なんとなく、どこに植えられているか予想はついていた。
しかし、今は確かめに行くことはできない。
今は、まだ。
「やっぱり、ここにいた」
不意に現れた声の主は、カエデだった。
今日の昼、人間の襲撃の後に別れただけなのに、久しぶりに会ったような気がする。
「ここに、トネリコが住んでいたんだよね」
カエデは何もなくなった空間に目を向けながら、呟くように言った。
「カエデも、トネリコの事を知っていたのか」
「トネリコのことは、この村に住むみんなが知っているよ」
カエデの言葉に、アカシアの胸がまた痛んだ。
イヌマキを撃ち殺した罪人、トネリコ。
アーデンと築いた功績は誰にも知られずに、罪人と伝えられ、エルフに恨まれている。
カエデの口からそんな言葉が放たれる事をアカシアは覚悟した。
「同族の命を守る為に、自らの全てを森に捧げて、村を守る大河に姿を変えた守護者、トネリコ」
カエデの口から出た言葉は、アカシアの想像していたものとは違っていた。
「トネリコのお陰で、今日までこの村は守られてきた。私はそう聞かされてきたし、今でも信じてる」
アカシアはその言葉が嬉しかった。
「……やっぱり、アカシアは知らなかったんだね。この村に住んでいる子供なら、誰でも知っている話だよ」
アカシアは答えなかった。
村と離れて暮らしていたアカシアは、今日までトネリコの存在すら知らなかった。
カエデはそれからしばらくの間、何も話さずにアカシアと同じ場所を見ていた。
聞きたいことは沢山あるのだろう。
しかし、それを聞かれたアカシアが答えに困るのは分かっていた。
だから、黙って同じ場所を見ていた。
でも、アカシアの邪魔はしたくなかった。
「私、村を出る準備があるから、行くね」
そう言って、カエデは離れていった。
アカシアは再び1人になった。
そしてまた、アカシアは独りではなかった事を実感していた。




