沼地の襲撃者①
アカシアが目を覚ました時、目の縁からは涙が伝っていた。
随分と長い間眠っていた様な気がする。
起き上がるとオババは先程までと変わらない様子でアカシアを見ている。
「どれくらい眠っていた?」
「ほんの一瞬だよ。心配しなくて良い」
「そうか。……そうだ、ミモザを呼んでこないと。トネリコの魂石の話がしたい」
「そうかい。アカシアはここで休んでいなさい。村の若いモンに連れてくる様に言ってこよう」
ローズはそう言って、部屋を出るために立ち上がる。
「それと、もう一つ、持ってきて欲しい物があるんだ」
立ち上がったローズに、アカシアはある物を持ってきてもらう様に頼んだ。
独りになったアカシアは、ようやく少し落ち着き、初めての魂迎え心が酷く動揺していた事を実感していた。
自分の中に、もう1つの、まるで自分が体験してきたかの様に生きてきた記憶がある。
混乱しない様にトネリコの記憶を、もう1度思い出しながら整理する。
「……すごいな」
思わず、口からこぼれていた。
魂迎えの儀式は、エルフにとって大きく重要な事とされている事をミモザから聞かされ、理解していたつもりだった。
しかし、改めて魂迎えの事を理解した。
知識も技術も、感情や五感。
アーデンへの愛や、生まれたばかりのアカシアへの想い。
その全てが受け継がれた。
だからこそ、改めて思う。
今日、村を襲った人間たちから魂石を守り切った重大さを。
過去に人間に奪われた魂石の、それを迎える事の出来なかった家族の無念を。
「命をかけてでも守る理由か……」
アカシアはそれを実感していた。
「待たせたね」
ローズと、ミモザが部屋に入ってきた。
ミモザの顔は、仮面に隠れて見えない。
しかし、その仮面はトネリコの記憶にあるミモザが着けていた仮面と同じものだ。
トネリコが居なくなった日からもずっと、仮面を変えずに来たのだろう。
「トネリコは、村を出た事を1度も後悔していないし、恨んだ事も無かった。……むしろ、外の世界に出た事を喜んでもいた」
部屋に入る事を躊躇っていたミモザに、トネリコの代わりに告げる。
「ミモザにも、聞いてもらわないといけない事があるんだ」
ミモザは覚悟を決めて、部屋に入りアカシアの前にローズと並んで座った。
どこから話すべきか、アカシアの中にある混濁した記憶の中から考えながら選ぶ。
トネリコが、アーデンという人間に出会ったことから始まり、治療をして、知識を得たこと。
人間を遠ざける為に川を作った事。
トネリコが村を出て、見てきた事を。
そして、トネリコの最後を。
アカシアの話に、2人は驚きながらも静かに聞いていた。
トネリコの話が終わると、部屋には静寂が訪れた。
2人もきっと、頭の中で整理をしているのだろう。
「森の中から赤子の鳴き声が聞こえて、見に行ったんだ。そうしたら、川の向こうで、トネリコの遺体と赤子のアンタを見つけた。そこに人間の姿はなかった」
ミモザは懺悔をするように、アカシアに告げた。
沈黙が、部屋を包む。
トネリコが、最後に何を思ったか。
村に戻れることを喜び、正体の見えない敵に怯え、アーデンと合流できるか不安を抱いた。
改めて2人にそれを伝え、礼を言った。
「アカシア。でも、まだ、謝らないといけない事があるんだ」
ミモザはアカシアの目を見て、言葉を続けた。
「あの日、トネリコが帰って来た事は村の誰にも伝えていないんだ。アンタの事も……アタシの子供だと言っている……本当にごめん」
「いや、そうするしか無かったんだろう?トネリコが村に帰った事を知られたら、魂迎えをして問題が起こるからだろ。仕方ないよ」
しかし、アカシアにはもう一つ聞かなければならない事があった。
「あの日、銃を撃ったのはミモザなのか?」
アカシアの質問で、ミモザの動きが止まった。
ミモザにとって、これは残酷な質問だ。
しかし、この話をしなければ、ミモザとトネリコの心残りが解消されない。
「なんで弾が出たのかは、トネリコはアーデンに聞いて、知ることができていた。でも誰が撃ったのかは予想でしかないんだ」
「そうだ。あの日、アタシはトネリコの家から銃を……盗んだんだ。人間と戦う為、じゃない。アタシが、弱かったから……」
ミモザはずっと後悔をしてきたのだろう。涙を堪え、その声は重く沈んでいた。
「ミモザはあの後、ワシの所に来て、自らの行いを告白したんだ。それで、トネリコの所へ行った時には、もう、姿はなかった」
ローズが庇う様に、トネリコの知らない事情を話す。
きっと2人は、トネリコに謝る事もできずに、トネリコに罪を被せるしかなかったのだろう。
アカシアには2人を責めるつもりなどなかった。
「トネリコは本心から、2人の事も、エルフの事も恨んでいなかった。ただ、それを伝えることができないことを悔やんでいた」
アカシアはローズに持ってきて貰ったものを受け取った。
それは人間から奪った『銃』だった。
「弾が出たのは人間の銃の作りのせいだ。弾をこめた後に弾倉を抜いても、薬室に銃弾は一発だけ残るんだ。当然、引き金を引いたら弾が出る。それが、あの日の原因なんだ」
ローズに持ってきて貰った銃に弾をこめながら、アカシアは2人に実際にやって見せた。
これで、ミモザの後悔や罪悪感が消えるわけがない。
「トネリコはミモザにこれを知らせたいと、ずっと思っていた。……死ぬ、寸前までも。あの日、事故が起こったのは、銃を持ち帰った自分のせいだからって」
みんな、エルフの為、村の為を思って行動していた。
きっと、誰も悪くない。
だからこそ報われて欲しいと思う。
「俺は少し夜風に当たってくる。トネリコの事で他にも聞きたい事があったらいつでも聞いてくれ」
今から、他のエルフ達の魂迎えの儀式があるはずだ。
あまりここには長居は出来ない。
それに、静かな場所でトネリコの残した想いを受け止めたかった。




