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生きとし生けるものたち  作者: 鹿角 望月
トネリコの魂石
15/20

トネリコの魂石⑦

 翌日早朝、トネリコ達は森の中を進み、川へ向かっていた。


 村のエルフ達が人間と戦う準備を進めていることは、アーデンには伝えた。


「ならば少し急ぐか」


 アーデンはそれだけ言って、出発した。


 道中では魔族や人間との接触を避け、銃声からも距離を取って進んだ。


 戦いを望まないのは、2人とも同じだった。


 川に着いた時、周辺に他の生き物は見当たらなかった。


「この地図はかなり正確だな。しかも詳細に書かれている」


 アーデンは地図と現地を見比べながら、長い間、川に沿って歩き回っていた。


「流れを変えるならここだろうな」


 前を歩いていたアーデンが立ち止まり、トネリコを見ていた。


「ここに何かあるのか?」


「ここから南に向かって、水の流れた跡がある。雨で川が増水した時に流れたのだろう。ここからなら簡単に水の流れを変える事ができそうだ」


 アーデンが言った景色を見ても、トネリコには違いがわからなかった。


「そうか。お前が言うのなら確かなのだろう。私は何をすれば良い?」


「川の水がこっちに流れるようにしたい。何か手はあるか?」


「それなら植物を使おう。全ての水をそっちに流すのか?」


「いや、少しでいい。水の流れを見ながら少しずつ増やしていきたい。……だが、できるのか?」


「ここまで大きな川でやったことはないが、まぁ、なるようになるさ」


 水の流れを変えるには幾つか手段がある。


 土を柔らかくするためには木を根っこから枯らす。


 水を堰き止めるためには蔦を編むように伸ばし、壁を作る。


 沼地の整備の時に使われる方法だった。


 トネリコはアーデンが指示する通りに、初めは水を流さず地面に細い溝を作っていく。


 土の中に埋まる岩はアーデンが軽々と持ち上げ、除去していった。


「相変わらずの怪力だな。……しかし、水は流さないのか?それに、こんなに細い川では意味がないぞ」


「水の流れが川を広くしてくれる。あとは、水がどう流れるかを予想することだけでいい。東に流れても意味がないからな」


 何もない森の中を南に向かって進むアーデンには、見えない水の流れが完全に把握できているようだった。


 トネリコは、その邪魔にならないようにアーデンの指示通りに溝を作りながら、周りを警戒していた。


「傾斜がいい具合に仕事をしてくれそうだ。この調子なら想定していたよりも早く終われそうだ」


 気づけば川からかなり南に来ていた。


 エルフの村の東に位置する場所だ。


「この辺りには、昔住んでいた場所があるな」


「その場所は、元は沼地だったんじゃないか?」


「そうだ。どうしてわかるんだ」


「あの川は、雨で氾濫するとここに流れてくるはずなんだ。ここは水はけが悪いから、沼地になるんじゃないかと思ってな」


 アーデンの推理は当たっていた。


 この辺りに住むために、整地をした記憶がある。


「ここから先は、実際に水を流してから考えよう」


 2人は再び川に戻り、作った溝に川の水が流れるようにした。


 瞬く間に水が溝の周りの土を削りながら流れていく。


「今日はもう日暮れだ。確認は明日だな」


「そうか。わかった」


 トネリコも魔法を使い、歩いて疲れがあった。アーデンの提案はありがたかった。


「俺は少し泳いでくる」


「何か気になる事でもあるのか?」


「いや、ないが……。これだけの水を見るのは初めてだから、泳いでみたいだけだ」


 トネリコは笑ってアーデンが泳ぐ様子を陸から眺めていた。


 夜には、2人の昔話をした。


 森と砂漠の暮らし、種族の違い。そもそも生まれた世界が違うのだ。


 驚きや、新たな知識。初めて知ることばかりだった。


 夜はあっという間に過ぎていった。


 二日目は、朝から雨が降っていた。


 雨音でトネリコが目を覚ますと、アーデンは雨を浴びるように外に立っていた。


「水が好きなのだな」


 遠くに立つアーデンを見て、トネリコは考えていた。


 アーデンは川の整備が終わった後、どうするのだろうか。


 エルフの森の近くには、いつまでもいられない。


 人間に見つかれば大きな騒ぎになる。


 森を出て、人間の暮らしに戻る事がアーデンにとって1番安全だろう。


 アーデンが居なくなることを考えると、トネリコの胸の奥が痛んだ。


 会ってから数日しか経っていない相手だ。


 そして何より、人間だ。


 それでもトネリコはアーデンに惹かれていた。


 しかし、トネリコは自分の想いに向き合うことはしなかった。


 自分はエルフで、村長(ローズ)の娘として村を支えなければならない。


 それは、何よりも大切な事だ。


 目を覚ましたトネリコに気づいたアーデンが木の下に戻ってきた。


「今日はどうする。また川を見にいくのか?」


「その予定だったが、この雨だからな。おそらく下流では流れが強くなっているはずだ」


「何かまずいのか?」


「いや、逆だ。流れができれば、川も大きくなるだろう。そこに住んでいた奴らには悪いがな」


「それもそうだな……これから先はどうするんだ?」


「放っておけば水が溜まって湖になるかもな。その先まではわからん」


「違う、お前の話だ。森を出るのか?」


 トネリコの質問にアーデンの動きが止まった。


「俺は、ここを離れるべきだろう」


「そうか。……色々と世話になったな」


 トネリコは平静を装いながら答えた。


 アーデンが何かを考えているのか。黙ったまま、トネリコを見ていた。


「もし、お前が……」


 アーデンが何かを言いかけ、少し悩み、口を閉じた。


「いや……川の流れが完成すれば、対岸へ行くことは難しくなる。その前に、村へ戻れ。俺は下流まで見て、森を出る」


「そうか。……お前は敵であったが、随分と世話になった。もう、会う事は無いだろうが、まぁ、他の魔族に襲われたら逃げてきてもいいぞ」


 トネリコはからかう様に笑いながら、別れを告げた。


「その時はまた世話になる」


 アーデンもまた、笑っていた。


「俺は下流を見てくる。トネリコも、気をつけて村に戻れよ」


 そう言い残し、アーデンは南へ向かっていった。


 1人になったトネリコは、しばらくアーデンが向かった先を黙って見ていた。


 アーデンが戻ってくることはなかった。


 村の方へ森を進み出したのは、しばらく経ってからだった。


 話す相手もなく、ただ黙って歩みを進める。


 ついこの間までは、それが当たり前だった。


 アーデンと出会ってからの数日は、とても刺激的だった。


 雨の中を歩き続け、一夜を森の中で過ごした。


 随分と久しぶりの独りだと実感していた。


 頼りになる人間だった、と思う。


 アーデンの持っていた知識をもっと知りたかった。


 語り合い、もっと長くの時間を共にしたかった。


 思い出に浸る内に、いつの間にか眠りにつき、朝が来て、村へ再び歩いている時のことだった。


 銃声が聞こえた。


 森の中にいれば、毎日の様に耳にする音だ。珍しいことではない。


 しかし、その音はエルフの村の方角から聞こえた。


「人間の襲撃か⁉︎」


 トネリコは叫び、村の方へ走り出す。


 銃声は一度鳴った後、2度目はなかった。


 人間の襲撃であれば、鳴り止まないほど聞こえるはずだ。


 トネリコが村に着いた時、村は騒然としていた。


 村の中心に、みんなが集まっている。


「何があった⁉︎」


 トネリコを見る村人の目は、今まで見た事がないほど恐ろしかった。


 話を聞くと、何者かが撃った一発の銃弾がイヌマキに当たり死んだとのことだった。


 動揺する村人達からそのことを聞き出すだけでも時間がかかった。


「トネリコが撃ったのか⁉︎」と口々に聞かれ続けたためだ。


 しかし、トネリコが疑われるのも仕方のないことだ。


 銃を持っているのも、撃ち方を知っているのも、トネリコだけだとこの村の全員が知っていた。


「私は村を離れていた!音を聞いて、戻ってきたんだ!」


 どれだけ訴えても、トネリコの言葉を信じるものはいなかった。


「皆の者、とにかく今は村の周辺を見回れ!人間が近くにおるかも知れんだろう!」


 ローズの一声で村人全員が周辺を捜索し、人間の痕跡は見つからないまま、事態は収拾した様に見えた。


 しかし、一度村人の中に生まれた軋轢は、埋められないほど大きかった。

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