トネリコの魂石⑥
1人になったアーデンは、地図を眺めていた。
近づいてくるトネリコの足音にも反応を見せないほど集中しているようだった。
「すまない。少し、取り乱した」
トネリコが短く口にした謝罪の言葉でようやく近づいて来たことに気付いた様子で、驚いて顔を向けた。
「大丈夫か?」
「もう、大丈夫だ。魂石については……今考えてもどうしようもないからな。……それより何か見つかったのか」
気丈に振る舞い、話題を変えたトネリコに合わせるように、アーデンも地図を見て気付いた事を話した。
「……そうか。そうだ、人間をエルフの村から遠ざける手段を思いついた」
「本当か!どうするんだ!」
「この地図の、ここを見てくれ。この地図によればここには大きな川があるらしいんだ」
アーデンの示した場所は、エルフの村から北にあたる場所だった。
その場所には、西から東に伸びる歪な形の線が書かれている。
「この川の水を引いて、南に流れる川を新しく作る。そうすれば、人間は簡単にはこっちに来られなくなるはずだ」
アーデンの案は、トネリコには余りにも壮大すぎて理解ができなかった。
「川の流れなんて変えられる物なのか?どうやって?」
「川から南にかけて傾斜になっている。少し掘れば、自然に水の流れができるはずだ」
アーデンはまるで簡単な事のように言ってのける。
「俺は元の世界でも同じ事をした事がある。あの時の地面は砂だったが、ここでもそう違いはないはずだ」
トネリコには信じられなかった。
しかし、確かにエルフも人間に追われ、住処を移動する際に沼地を住める場所に変えてきた経験がある。
「できる……のか?それなら、確かに人間は来なくなるかもな」
「そうだろう?実際に川を見てからになるが、やってみる価値はあるはずだ」
アーデンは地図を眺めながら嬉しそうに頷いている。
人間に襲われる事がなくなれば、村での暮らしも昔のように穏やかになるだろうか。
「今日はもうすぐ陽が沈む。川に着くには2日はかかるだろうから、見に行くのは明日以降だな」
アーデンの提案で今日は解散する事になった。
人間に村を襲われてから初めて未来に希望を見出したトネリコの足取りは軽かった。
しかし、それもすぐに終わってしまった。
村に戻る途中、ミモザと出会った。
「珍しいね。どうしてここに?」
トネリコは平静を装いながら聞いた。
「村のみんなが人間と戦う準備を始めた。それでアンタを探していたんだ」
「戦う準備?それにアタシを?一体どうして……」
「アンタの持っている人間の武器が欲しい。音の鳴る弓もどきだ」
「あれは渡せない。それに、人間と戦うことを誰が決めたんだ」
「イヌマキだ。あいつがみんなをまとめてくれたんだ」
イヌマキ。村で声の大きい、人間と戦うことを望んでいた男だった。
妻子を人間に殺されて、独り残されたイヌマキは酷く人間を恨んでいた。
「そうか、アイツが……」
面倒な事になった。
トネリコはそう思わざるを得なかった。
人間との戦いが始まれば、アーデンと川を作ることもできなくなる。
エルフがアーデンを見つけるのも時間の問題かもしれない。
村の連中が見つければ、アーデンとの戦闘は免れないだろう。
どちらが勝つかは、考えるまでもない。
「今は村のみんなで人間と戦う準備を進めてる。だからアンタが持っている人間の武器がどうしても必要なんだ」
「何でまた銃なんか欲しいんだい?あれはアタシらエルフには、相応しくない物だよ」
トネリコの持ち帰った大量の銃は、トネリコの家に置いてある。
「ほら……アタシ、その……弓が、下手だろ?だから、銃なら上手く使えるんじゃないかと思ってさ」
「銃は弓の代わりにはならないよ。そんなことより、もっと練習して、腕を磨くんだね」
トネリコは平静を保ちながら会話をするので精一杯だった。
できる事なら早く、この場を立ち去ってアーデンに隠れるように伝えたい。
そう思っていた。
だから、気付けなかった。
両親を人間に殺されて、弓の事を教えてくれるエルフがいなかった事。
毎日、誰よりもミモザは独りで、弓の腕を磨く為の練習をしている事。
それでも上達しない自分の弓と、トネリコの生まれ持った弓のセンスに、大きなコンプレックスを抱いている事。
「じゃあアタシは1度村に帰るから、あんまり無理するんじゃないよ。それと、アタシは明日からしばらくの間、村に戻らないから気にしないでくれ」
そう言って去ったトネリコの背中を、見えなくなっても睨む様な目つきで見ていた事を。
トネリコは自宅に戻ると、すぐに銃を手に取った。
銃の造りや仕組みはアーデンに教わり、言われていたことがあった。
安全のために弾倉を外しておいた方がいい。
そうすれば、弾は出なくなるから、と。




