トネリコの魂石⑤
翌朝、夜が明ける前にトネリコはアーデンの隠れる場所へ向かった。
アーデンは昨日と同じ場所にいた。
手頃な石を椅子代わりにして、焚き火をしていた。
「火を焚くな。見つかるだろ」
「そうは言っても、こう虫が多いとやってられん」
エルフの村では火を焚くことは禁止されている。
煙から、居場所を見つけられる可能性があるからだ。
「それに、上手くやれば煙は出ない。それに、夜なら見つからないさ」
アーデンの焚き火からは煙が出ていなかった。
「確かに……。それに、どうやって火をつけた?魔法が使えるのか」
「いや、マッチを使った。この世界の人間の道具だ」
アーデンはトネリコに火おこし機を差し出した。
受け取ったのは掌に収まる程に小さい箱だった。トネリコも人間の死体からこれに似た物を拾ったことがあった。
「これで火が着くのか?信じられないな」
「その箱の中身を使うんだが、俺も使い方を教わっただけで原理はわからん。人間の道具は、そんな物ばっかりだ」
箱の中身は何度か見たことがあった。
先端が赤くなった小さな棒が沢山入っているだけで、使い方が分からず放置していた。
「そうだった。今日は、人間の死体から拾った物を持ってきた。それと一緒に使い方を教えてくれ」
トネリコは背中に背負っていた丁度いい入れ物を地面に置き、中のものを取り出す。
「よくこれだけ集めたな。わかった。俺が知っている物の使い方を教えてやる」
そうしてトネリコは、人間の道具の使い方を教わっていった。
トネリコが集めた道具の種類は多かった。
先ほどアーデンが使っていたマッチやガラス瓶の蓋の開け方、望遠鏡、方位磁針、腕時計、銃。
アーデンが特に反応を示したのは、模様の書かれた紙だった。
「これは地図だ!しかも、かなり詳細に書いてある」
トネリコにはそれの使い道が全くわかっていなかった。
「これはつまり……空から見た地形だ。グリンヘルのかなり奥まで詳細に書いてあるな」
アーデンに地図の見方を説明されて、トネリコにもわかった。
「すごいな。どうやってこんな物を作ったんだ。……それに、この線はなんだ?」
トネリコが指さしたのは、地図の真ん中に縦に伸びた赤い線だった。
「ここには壁があるんだ。人間の住む場所と、グリンヘルを分断する壁が」
「こんなに大きな壁まで人間は作れるのか」
「そのようだ。俺もこっちに来る時に見たが……あれは凄かった」
「ほう、そんなにか。……まぁ、私が見ることはないだろうがな」
トネリコが何気なく発した言葉にアーデンは思う所があったのか、何かを言いかけて、しかし辞めた。
話題を変える為か、新しく別の道具の説明を始めた。
「まぁ、地図の詳細は後にしよう。それよりも……これはライトだな」
アーデンの手には、棒状のライトが握られていた。
「これは、このボタンを押すと光るんだ。太陽や炎のように暗い場所を照らせる」
アーデンが言う通りに触ると棒の先端が光った。
顔に向けると、眩しい。
「これは魔法か?」
「違う……」
アーデンは、暗い顔をしていた。
「どうした。何かあったのか?」
アーデンは今までで1番、悩んでいる様子を見せ、そしてようやく口を開いた。
「これの動力は、魔石だ」
トネリコには、意味がわからなかった。
アーデンは黙ったままトネリコからライトを受け取り、光っていない方の先端を瓶の蓋を開けるように回し、中身を取り出した。
ライトの中からは、小さな魂石が出てきた。
「これが、人間が魔石を集める理由だ」
トネリコの思考が、理解を拒むかのように、真っ白になった。
どうして魂石が、出てきて、光る物の中身になっているのか。
不意打ちのように受けた衝撃は、トネリコには重すぎた。
地面に座り込んでうなだれたトネリコに、アーデンは駆け寄る。
「おい、大丈夫か!しっかりしろ。どうしたんだ」
魂石の、魂迎えの重要性を知らないアーデンにも、トネリコの受けたショックは理解できない。
「……魂石は、私たちにとって、死んでも守るべき物なんだ」
トネリコはアーデンの手から魂石を取り、魂迎えを行った。
「……この魂石は、コボルトの物だった。仲間や住処を守る為に人間と戦って、殺された、戦士の物だ」
「わかるのか。でも、どうして」
「これが、魂迎えだ。魂石の持ち主の、魂を引き継ぐ事ができる。だが、しかし、この魂石の記憶は、所々途切れている」
アーデンは言葉を失い、しばらく黙っていた。
魔族と人間を分ける、明らかな違いだ。
魂石を持たない人間には、理解できないだろう。
「そうか……こんな物に使われる為に、アタシたちは戦っていたのか」
トネリコは立ち上がり、自分が集めてきた人間の道具を見た。
おぞましい、と思った。
今はそれを目にしたくなかった。
「すまない。今日は村に戻る」
トネリコの仮面の下の表情は暗いまま、足は村に向かっていった。
アーデンはかける言葉も見つからず、ただ黙って見送るしかなかった。
トネリコは村に戻らず、道中の大木の上でしばらくぼんやりと考えていた。
思考が上手くまとまらない。
今まで、集めてきた人間の道具の中には、同じように魂石を使うものはあったのだろうか。
人間の住む壁の向こうでは、どれほどの魂石を使っているのだろうか。
今までに、どれだけの魂石が、人間に消費されたのだろうか。
考えだすと深みにはまっていくようだった。
どれだけ時間が経ったのか。
ふと、自分の右手を見た。
弓を引くために、手には今までに狩ってきた魔族の皮で作った手袋をしている。
右腕には、トネリコの魂石が日差しを受けて深緑色に光っている。
トネリコも、自分の為に、他の命を奪ってきた。
魂石を奪い、肉を喰らい、皮や骨や爪を使って道具を作ることもある。
他の魔族も同じようにエルフを襲い、魂石を奪われ、喰われたこともある。
私たちも同じく奪ってきたのではないだろうか。
人間だけを責める事ができるのか。
しかし、過去から受け継いできた魂が途絶える。
それは変わらない事実だ。
だからこそ、戦わなければならない。
ここで悩んでも、何も変わらない。
答えは出ないままだが、戦う理由はある。
トネリコはもう1度アーデンの元に戻ることを決めた。




