第97話「第三の選択肢」
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「ただし、というのは何ですか」とソウが聞いた。
テツジンが少し間を置いた。帽子を深くかぶったまま、また椅子に座った。
「長い話になるかもしれません」
「話してください」
「理論が固まっていないことも含まれます」
「それでいいです」
テツジンが一度、小さく息を吐いた。
「観測者の話をしたことがあります」とテツジンが言った。
「覚えています。ソウが見ていることで世界が少し持ちこたえる、と」
「そうです。あれは私の観測に基づいた感覚でした。でも——その後、理論を調べてみました」
「調べてみた、というのは」
「私は観測者ですが、全知ではない。記録は見られますが、解釈は間違うことがある」
「テツジンさんが間違うんですか」とソウが少し驚いた。
「間違います。時々」
「……そうですか」
「その仮定を置いた方が、うまく説明できることがあります」
「調べた結果、一つの仮説に行き着きました」とテツジンが続けた。
「NPCが——この世界の住民として自然に生まれた人間が——この世界の継続を心から信じ続けることが、世界の安定性を自然回復させる場合がある、という仮説です」
「NPCの信念が、世界を安定させる」
「仮説です。前例がありません」
「前例がないということは」
「試したことがない。私が知る限り、過去のどのサイクルでも——NPCが世界の真実を知ったうえで、なお信じ続けたことがなかった」
「なぜですか」
「ほとんどのNPCは、世界の真実を知らないから。知らなければ信じるも信じないもない。そして——知った人間は、信じることができなかった」
「信じられなかった理由は」とソウが聞いた。
「この世界が投影だと知ったとき、多くの人は『本物ではない』と感じる。投影であることを知って、なお本物として生きることは——難しいです」
「俺は」とソウが言った。
「はい」
「本物だと思います、この世界が」
テツジンがソウを見た。
「なぜですか」
「みんながいるから。店長がいるから。レイさんが初めて手を握れたこととか、テルさんが信号で止まれたこととか、ミオさんが崩れた卵焼きを作ったこととか——全部本物だと思います」
「その感覚が」とテツジンが言った。「仮説の核心です」
「俺が信じ続ければ、世界が安定するかもしれない、ということですか」
「あなたが信じ続けることが、世界の安定性を底上げする可能性がある。アップデートたちが封印しなくても——あるいは封印と組み合わせれば——世界が消えずに済む可能性が出てくる」
「封印しなくてもいいんですか」
「保証はしません。仮説です。でも——」
テツジンが少し、帽子のつばを上げた。
「あなたが今言ったことは、私が観測してきた中で——初めて聞く答えでした」
「テツジンさん」とソウが言った。
「はい」
「もう少し分かりやすく教えてください。俺が何をすればいいんですか」
テツジンが少し間を置いた。
「特別なことは何もありません」
「何もしなくていいんですか」
「あなたが、この世界を信じ続ければいい、ということです」
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