第95話「触れた」
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レイが、ソウの手を見た。
しばらく、見ていた。
「……取っていいんですか」
「どうぞ」
「すり抜けるかもしれません」
「それでもいいです」
レイが少し間を置いた。
それから——恐る恐る、右手を伸ばした。
指先が、ソウの手の甲に触れた。
すり抜けなかった。
レイが止まった。指先が、手の甲に乗っていた。消えていなかった。通り抜けていなかった。
「……」
レイが少し、手を引こうとした。
「引かなくていいです」とソウが言った。
「でも」
「すり抜けなかったです。引かなくていいと思います」
レイが止まった。
そのまま、ゆっくり、手を包んだ。
「…なんでですか」とレイが言った。
「なんでだろ」とソウが言った。
「すり抜けるはずです」
「でもすり抜けなかった」
「……」
「レイさんが怖くなかったから、かもしれません」
「怖い怖くないと、能力は関係ないはずです」
「そうですね。分からないです」
レイが手を握ったまま、ソウを見た。初めて見る顔をしていた。いつもの「仕様なので」の顔でも、完全に平静な顔でもなかった。どう表現するかが分からない顔だった。
「……初めてです」
「そうですか」
「こんなに、長く、握ったのが」
「えらいですね」
「えらいじゃないです。ただ握っているだけです」
「レイさんにとっては大事なことだから、えらいです」
テルがラーメンを食べながら横目で見ていた。
ナナが「テルさん普通に食べてる」と小声で言った。
「食べてもいいって言っただろ」と小声で返した。
「でもこの空気で食べられるの?」
「食べ物は待たないからな」
「テルさんって実は一番気持ちがざわざわしてる気がする」
「さわざわしてたら食べられない」
「……そうなのかな」
窓の外を、人が通った。
ソウがふと目を向けると——田所店長が、通りかかっていた。
定休日に、たまたまこの通りを歩いていた。
店長がラーメン屋の窓から中を見て、ソウとレイが手を握っているのに気づいた。
少し止まった。
「お、いいな」と口の動きで言った気がした。
それだけ言って、立ち去った。
「今店長いませんでした?」とナナが言った。
「いました」とソウが言った。
「見られましたね」
「見られました」
「どう思うんですか」
「……店長がいるからここが好きなんだと改めて思いました」
レイが少し、手を強く握った。
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