第94話「レイが初めて話す」
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「言っていいです」とソウが答えた。
レイが少し間を置いた。
ラーメンの湯気が上がっていた。
テルが何も言わなかった。ナナも何も言わなかった。カイも、ミオも。
全員が、レイを待っていた。
「私は」とレイが言った。
「はい」
「誰かに握手してもらったことが、一度もありません」
ソウは返事をしなかった。続きを待った。
「触れると——すり抜けます。壁だけじゃなくて、人にも。手を差し出されても、その手が私を通り抜けます」
「物質を通過する能力は、常時ということですか」とソウが聞いた。
「常時ではないです。ただ——意識していないときに触れようとすると、気づかずに発動することがある。だから——」
「だから」
「物理的な接触が、怖いです。壁をすり抜けるために使うのとは別に——誰かが触れてくるとき、通り抜けてしまうかもしれないと思って」
「今まで、誰にも触れなかったんですか」とナナが聞いた。声が静かだった。
「意図して触れようとしたことは、ほとんどありません。握手する場面では先に断って、肩を叩かれそうになると避けて——気づかれないようにしてきました」
「……知らなかった」とナナが言った。
「言いませんでした。仕様なので——と言い続けていれば、聞かれないと思っていました」
「それが」とソウが言った。「仕様なので、の意味だったんですか」
「一つには」
「封印について、怖いのは」と、レイが続けた。「能力がなくなることより——能力がなくなった自分が、何も持っていない人間になることです」
「何も持っていない、というのは」
「壁をすり抜けること、境界を感じること——それが私の見え方だと思っていました。それがなくなったとき、私に残るのは何か」
「前にも言っていましたね」
「でも、もう一つ怖いことがあります」
「何ですか」
「封印したら、物理接触が普通になるかもしれない。そうしたら——怖くなるかもしれない。能力があったから守られていたものが、なくなるかもしれない」
ソウは少し考えた。
「レイさん」
「はい」
「一度だけ、普通に誰かの手を握りたかった、という気持ちがありますか」
レイが少し黙った。
「……あります」
「今まで一度も?」
「一度も」
テルが「お前ら、ちょっと俺たちのこと忘れてるな」と小声でナナに言った。
「空気読んで」とナナが言った。
「いや俺はラーメン食べていいのかどうか」
「食べていいよ」
「でも食べにくい」
「食べていいから食べて」
テルがラーメンを少し食べた。
「レイさん」とソウが言った。
レイがソウを見た。
ソウが、無言で右手を差し出した。
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