第84話「やめた理由」
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翌朝、テルが出勤してきた。いつも通りの顔だった。
「昨日の連絡、読みました」とソウが言った。
「そうか」
「やめた理由を、聞いていいですか」
テルがロッカーの扉を閉めながら「みんながいなくなってから、俺だけNPCで残るのは嫌だからだ」と言った。
「みんなが」
「お前ら全員が消えたら——消えるんじゃないんだけど、封印して能力がなくなって、それで俺だけが封印してなかったら」
「どうなりますか」
「俺だけが変なやつで残る。それが嫌だ」
ソウは少し考えた。
「全員揃って決めたい、ということですか」
「そう。バラバラじゃなくて」
「そうだな」とソウが言った。
テルが「お前も賛成するのか」と言った。
「俺は関係ないですが——でも、一緒に決めた方がいいと思います」
「俺だけ先に行っても意味がないと思って」
「テルさんがそう思うなら、そうするべきだと思います」
「じゃあ、みんなに伝えていいか」
「伝えましょう」
昼休憩に、テルが全員に話した。
「俺、昨日ソウに連絡したんだけど、やっぱり一人では先に行かない」
「理由は」とレイが聞いた。
「全員が揃ってから決めたい。俺だけ先にNPCになって、お前らがまだアップデートのまま残ってたら、変じゃないか」
「変かどうかは分かりませんが」とレイが答えた。
「でもそれが嫌なんだ。ソウだけがNPCで、あとみんながアップデートで——それがこのバイト先のバランスだと思ってた。俺たちが全員揃ってNPCになるなら、それはそれでいい気がする」
ミオが「テルさん」と言った。
「なに」
「ありがとうございます」
「何がだよ」
「みんなのことを、ちゃんと考えていてくれてるから」
「別に」とテルが言って、コーヒーを飲んだ。機嫌が悪いわけではなかった。
「昨日、使い倒したんですよね」とナナが聞いた。
「使った」とテルが答えた。
「どうでしたか」
「あんまりよくなかった」
「楽しくなかったですか」
「楽しくなかった、というより——」テルが少し考えた。「俺の能力って、誰かが見てないと楽しくないんだと思った」
「誰かが」
「例えばソウが横にいて、俺が信号を青にして、ソウが『えらいですね』とか言って——あ、言わないか。なんか言う。それが面白かった」
「なんか言いますけど」とソウが言った。
「だろ。一人で信号を青にしても、特に何もないんだよ。楽しくない」
昼のテレビで速報が入った。
〈九州・中国地方で、昨夜から今朝にかけて複数の川が一時的に逆流する現象が報告された。地盤変動との関連も否定できず、調査が続いている〉
川が逆流する。
ソウはメモに「九州・中国、川の逆流——地盤変動?」と書いた。重力系の副作用が、川の流れにまで影響していた。
午後の接客が一段落した頃、カイが在庫室の奥で棚の整理をしていた。
ソウはカウンターにいた。
しばらくして——バックヤードの方から田所店長が「!」という顔をして出てきた。
何かを見た顔だった。
目が少し丸くなっていた。
「……ミドウ」と、店長が言った。
声が普通じゃなかった。
血相を変えて——とまでは言えないが——明らかに何かを目撃したような顔で、在庫室の方に向かって歩き出した。
「ミドウ!」
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