第75話「NPCと調停者」
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ミオが、ソウの方を向いた。
全員がソウを見た。
「ソウさんは」とミオが言った。「アップデートではありません」
誰も何も言わなかった。
「この世界が自然発生させた、通常の住民です。問いとして生まれたのではなく——ただ、ここに生まれた人間です」
「じゃあ俺は」とソウが言った。
「人です。普通の、この世界の人です」
しばらく、本当に誰も何も言わなかった。
波の音だけがあった。
「……普通の人なんだ」とナナが言った。
「そうです」
「じゃあソウって、ただの一般人ということですか」
「一般人という言葉が正しいかどうかは分かりませんが」
「えっ」とテルが言った。「待って。俺たちのバイト先の一般人が、こんなとこまで来て世界の真実を聞いてんの?」
「そうなりますね」
テルが「……なんか、それはそれでおかしくないか」と言った。
「どういう意味ですか」
「普通の人間が、俺たちと同じ職場で一緒に働いて、世界が終わるかもしれない話に混ざってるのが、普通じゃないだろ」
「確かに」とナナが言った。
「……まあ、なるようになる」
「ソウさん」とミオが言った。
「はい」
「びっくりしましたか」
「してます」とソウが正直に言った。「でも——なんとなく、そうかなと思っていた部分もあります」
「そうですか」
「俺に何もないのは分かってた。確率も、時間も、重力も、壁も、複製も——何もない。ただ、見ている、というだけで。それが変だとは思ってなかったけど」
「変ではないです」とミオが言った。「あなたがここにいる理由があります」
「理由」
「アップデートたちは、世界の問いです。問いには——答えようとする存在が必要です」
ソウは少し間を置いた。「俺が、答える側ですか」
「正確には——」とミオが言いかけた。
そのとき、カイのスマホが鳴った。
「すみません」とカイが言って、画面を見た。「ニュース通知です。——北海道・東北の気温気圧変動が、関東にも及び始めた、と」
全員が少し黙った。
「後で確認します」とソウが言った。カイがスマホをしまった。
「続けてください」とソウがミオに言った。
「あなたが答える側、というのは正確じゃないかもしれません」とミオが言った。「調停者、という方が近い」
「調停者」
「アップデートたちは、この世界のバランスを崩しています。能力を使うたびに、世界の安定性が下がっていく。でも——あなたがここにいることで、少しだけ、バランスが保たれていた気がします」
「保たれていた、というのは」
「観測されていたから」とミオが言った。「あなたがみんなのことを見ていたから。意識が向いていたから——世界が、もう少し持ちこたえていた」
「俺が見ているだけで、世界が持ちこたえるんですか」
「根拠は私の感覚です。証明はできません。でも千年以上、この世界を見てきた私には——ソウさんがここに来た頃から、何かが少し変わった気がしました」
「まじか」とテルが言った。
「まじです」とミオが答えた。
「ソウがバイトに来たのが、世界にとって意味があったのか」
「そう思っています」
「ソウ」とテルが言った。
「なんですか」
「お前、採用されてよかったな」
「今それを言いますか」
「なんか、えらいなって思って」
「テルさんが言うと照れますね」
「照れんな。世界の調停者だぞ」
「それはテルさんが言うことじゃないですよ」
レイがずっと、ソウのことを見ていた。
ソウはそれに気づいていたが、何も言わなかった。
「レイさん」とミオが言った。
「はい」
「ソウさんのことを、どう思いますか」
レイが少し間を置いた。
「……私たちが問いなら、ソウさんは——答えに近い存在なのかもしれない」
「詩的ですね」
「詩のつもりはないです。そう見えるだけです」
ソウはレイと目が合った。レイは目を逸らさなかった。
「ミオさん」とソウが言った。
「はい」
「俺に何か、してほしいことがあるんですか」
ミオがソウを見た。少し微笑んで——そして、口を開いた。
「だからこそ——あなたに頼みたいことがあります」
大きな波が来た。
音が全部をかき消した。
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