第72話「海辺」
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待ち合わせは、最寄り駅の改札前だった。
午前九時。
ナナが一番に来た。「ミオさんはもう来てる?」と聞いた。
「まだです」とソウが答えた。
「遠いんですか、地図の場所」
「一時間半くらいだと思います」
「電車で?」
「乗り換えが一回あります」
「それって普通の旅行じゃないですか」
「そうですね」
続いてカイが来た。「今日、体重を量ってきました」と言った。
「朝に?」とソウが聞いた。
「起き抜けに一回。朝食後にもう一回」
「今日も二回ですか」
「昨日で体重量りに少し飽きました。でも習慣になってしまって」
「能力で体重を増減させることはできますか」
「物体の重さは変えられますが、質量は変えられないので体重は変わりません。ただ体感は変えられます」
「どういうことですか」
「自分の重力を増やすと体が重く感じますし、減らすと軽くなります」
「今は?」
「少し増やしてます。眠くなるので」
「眠いんですか」
「眠いです」
テルが来た。「乗り換えある?」と聞いた。「あります」とソウが答えた。「乗り換えの確率ってあるのか」とテルが言った。「何の確率ですか」と返すと「電車に乗り遅れる確率とか」と言った。「今日は使わないでください」とソウが言うと「分かってる」とテルが答えた。
最後に、レイが来た。
「おはようございます」と言って、隣に立った。
「おはようございます」とソウが言った。
「これは旅行ですか」
「ミオさんが選んだ場所に行きます」
「なぜ海辺なのでしょうか」
「聞いてみてください」
五分後、ミオが来た。「待ちましたか」と聞いた。「少し」とソウが答えると「ごめんなさい」とミオが言った。昨日の公園のことが一瞬頭をよぎったが、ソウは何も言わなかった。
電車の中は賑やかだった。
ナナが「海って何年ぶりだろ」と言って、カイが「私は毎年一回行ってます。重力の変化を測るために」と言い、テルが「お前のレジャーって毎回そういうことか」と言った。レイは窓の外を見ていた。
「レイさん」とソウが言った。
「はい」
「海は?」
「行ったことがあります」
「好きですか」
「水の音が一定ではないので、計算しにくいです」
「それは好きなんですか嫌いなんですか」
「……好きだと思います」と、レイがほんの少し間を置いてから言った。
ミオは窓際の席に座って、流れていく景色を見ていた。特に何も言わなかった。
海についた。
砂浜ではなかった。石と草と小さな岩が混じった海岸で、柵があって、その向こうに波が来ていた。防潮堤に近い場所だった。人はほとんどいなかった。
「なんか思ったより渋い海だな」とテルが言った。
「観光地じゃないですね」とナナが言った。
「私が来たかった場所です」とミオが言った。「昔、よく来ていたから」
「昔というのは」とレイが聞いた。
「ずっと昔、です」
全員が黙った。
ミオが柵に近いところに歩いていって、立ち止まった。波が来るたびに音がした。風が少しあった。遠くに島が見えた。
「ここから話したかったんです」とミオが言った。
全員が、ミオの後ろに集まった。
並ぶと変な絵だった——スマホショップのスタッフが六人、平日に渋い海岸に立っている。ソウはなんとなく、「これ、田所店長に言ったら何て言うだろう」と思った。たぶん「チームワークが良くなるのはいいことだ」とか言いそうだった。
「カイさん」とミオが言った。
「はい」
「何か感じますか。この場所で」
「重力の変化は……特にないです。ただ——」
「ただ?」
「空気の密度が少し低い気がします。海側特有かもしれませんが」
「そうですか」とミオが言った。「私には、この場所が少し透けて見えます」
「透けて、というのは」
「説明するのが難しいんですが——この海の向こうに、もう一枚、別の何かがある気がする。ずっと昔からそう感じていました」
全員が海を見た。
ソウには、普通の海に見えた。
波の音が続いていた。
ミオが少し間を置いてから、口を開いた。
「みなさんに話したかったこと——それは、この世界のことです」
「この世界のこと」とソウが繰り返した。
「私は千年以上、この世界にいます。その間に、たくさんのことを知りました。誰にも話さなかったことが、たくさんあります」
「なぜ今まで話さなかったんですか」とレイが聞いた。
「信じてもらえないと思っていたから。それと——知ってほしい人に、まだ会っていなかったから」
「知ってほしい人というのは」
ミオが振り返った。全員を見た。
「みなさんです。ソウさんも含めて」
ソウは何も言えなかった。
「最初から、少しずつ準備をしていました。この場所に来たのも、その一つです」
「海でないといけなかったんですか」とナナが聞いた。
「どこでもよかったんですが——ここが、一番うまく言葉が出てくる気がして」
ミオが海を向いた。
波が来た。音がした。
「では、話します」
全員が静かになった。
「みなさんはこの世界を当たり前のものだと思っているかもしれません。私も最初はそうでした。でもある日気づいたんです」
ミオが少し間を置いた。
「この空は——」
波の音が一瞬、消えた気がした。
「——誰かが描いた絵です」
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