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アップデートしてください。〜うちのバイト先、なんか変な人しかいないんですけど〜  作者: ハル
糸が繋がる

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第69話「ミオの話」

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 月曜日の昼休憩、テルが「俺さ、昨日も止まれた」と言った。


「信号で?」とソウが聞いた。


「信号と、あとコンビニの宝くじコーナー」


「宝くじ」


「当たる確率を上げようとした。でも止めた」


「なぜ止めたんですか」


「大事すぎて操作できないって昔から言ってたんだけど、それって嘘で、本当はやろうと思えばできた」


「そうなんですか」


「でも使わなかった。六十三日のことを考えたら、コンビニで使う気になれなかった」


「えらいですね」


「えらいじゃなくて普通のことなんだけど」


「テルさんがナナさんみたいなことを言い始めた」


「言ってたのは俺が先だ」


 テルがコーヒーを飲んだ。機嫌が悪いわけではなかった。



 



 その後、ソウはミオに「テルさんが変わってきていますね」と話しかけた。


「変わってきてるね」とミオは言った。「見ていて分かる」


「ミオさんは、最近どうですか」とソウが聞いた。


「私」


「複製を止めてから、何か変わりましたか」


 ミオが少し間を置いた。


「手が空いてる感じがします」


「手が空いてる?」


「毎朝、弁当を作ることを考えていたから。それがなくなったら、朝起きてから少しの間、何をすればいいか分からなかった」


「習慣だったんですね」


「ずっと長い間、そうしてきたから」


「ミオさん」


「うん」


「複製じゃない料理、いつか作りたいって言っていましたよね」


「言った」


「練習してますか」


「少しずつ」とミオは言って、少し笑った。「昨日、卵焼きを作ったら形が崩れた」


「複製は完璧な卵焼きが作れるんですか」


「複製は元の形を再現するから、完璧な形で出てくる。でも自分で焼くのは全然違う」


「どうでしたか」


「崩れたけど、食べたら美味しかった」


「それはよかったです」


「複製のものを食べるのと、自分で作ったものを食べるのは、確かに違う」とミオは言った。「同じ卵焼きでも、崩れた方が好きだった」



 



「ミオさん」とソウが続けた。「一つ聞いてもいいですか」


「何?」


「ミオさんは、封印についてどう考えていますか」


 ミオが少し間を置いた。


「考えた」


「どう考えましたか」


「私は、封印しようと思っています」


 ソウは少し驚いた。「もう決めたんですか」


「まだ完全には決めていないけど、たぶんそうする。長い間、一人で秘密を抱えてきた。みんなのことも、世界のこともずっと見てきた。そろそろ、普通に生きてもいいかなって思って」


「普通に生きる、というのが目標ですか」


「目標じゃなくて——許してほしいかな、って」


「誰に」


「この世界に」とミオは言った。「長い間、ネジを増やしてきた。弁当を複製し続けた。やりたかったことだけど、副作用があると知っていてやってきた。封印することが、せめてもの誠実さかなって思って」



 



「でも」とミオが続けた。「一つだけ、できるようになってから封印したいことがあります」


「何ですか」


「本物の料理を、みんなに食べさせてから」


「ミオさんの本物の料理を」


「うん。崩れた卵焼きでも、不格好なシャケおにぎりでも。複製じゃないやつを一回だけ食べてもらってから」


「それが終わったら、封印すると」


「そう思ってる」


 ソウはその言葉を聞いて、「分かりました」と言った。「楽しみにしています」


「上手く作れるか分からないけど」


「崩れた卵焼きでも食べます」


「崩れてる前提なんだ」


「そこは信頼してないわけじゃなくて」


「練習するよ」とミオは笑った。「一応」



 



 夕方、レイが「ミオさんと話しましたか」とソウに聞いた。


「話しました」


「何を話しましたか」


「封印のことと、料理のことと」


「封印について、ミオさんはどう言いましたか」


「封印しようと思っている、と言っていました」


 レイが少し間を置いた。


「そうですか」


「レイさんは、まだ考えていますか」


「考えています。でも——」


「でも?」


「私は、封印したとき自分がどうなるかが怖い、というより——」


 レイが少し間を置いた。


「使えなくなったとき、初めて本当に自分の輪郭が分かる気がして、怖い」


「使えなくなったとき」


「今まで、自分の能力が自分の一部だと思ってきた。壁をすり抜けること、境界を感じること——それが私の見え方だと思っていた。それがなくなったとき、私に何が残るか」


「何が残ると思いますか」


「……分からない。それが怖い」


「分からなくていいと思いますよ」とソウが言った。


「なぜですか」


「分かってから決める必要はないと思うので。分からないまま決めることも、選択肢の一つだと思います」


 レイが少し間を置いた。「……あなたは、分からないことが怖くないですか」


「怖いですよ」


「でも動じない」


「動じてますよ。ただ、分からないことが一番怖いのは、分からないままにしておくことだと思っていて」


「分からないことに向き合い続ける、ということですか」


「一緒に向き合えればいいと思っています」


 レイが少し間を置いた。「……一緒に、というのは」


「俺も分からないので、一緒に考えるという意味です」



 



 閉店後、テレビが速報を流した。


〈北海道の一部地域で、気温計と気圧計が同時に通常と異なる値を示す現象が複数個所で確認された。両者が連動する形で変動しており、単独の機器の誤作動ではないとみられる。原因は不明〉


 気温と気圧が連動している。


 以前は単独だった。でも今は複数の副作用が連動し始めている。


 ソウはメモに「北海道、気温・気圧の連動変動」と書いた。副作用が複合している証拠だ。


 六十三日は、また一日減った。

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