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アップデートしてください。〜うちのバイト先、なんか変な人しかいないんですけど〜  作者: ハル
糸が繋がる

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第68話「我慢できなかった」

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 日曜日の朝。


 テルが出勤してきて、ロッカーを開けながら「昨日、一回使った」と言った。


 ソウが手を止めた。


「使った、というのは」


「確率操作」


「昨日——」


「帰り道。横断歩道で信号が赤で、トラックが来てて」


「危なかったんですか」


「危なくはなかった。ちょっと待てばよかっただけ」


「でも使った」


「使った」


 テルが自分のロッカーを見た。


「トラックが速度を落とすか、信号が早く変わるかを操作した。一秒くらい」


「一秒」


「一秒でも使ったのは使った」


 ソウは少し間を置いた。


「テルさん、それは言わなくてよかったかもしれないですよ」


「なんで」


「言いにくいことだったと思うので」


「言いやすいかどうかは関係ない」


「そうですか」


「使ったことが嫌だったから言った。ソウに言えば少し楽になると思ったから言った」



 



「テルさん」


「なに」


「一秒のことを、朝一番に言いに来た」


「そうだな」


「それはえらいと思います」


「えらいじゃないよ。罪悪感があったから言ったんだ」


「罪悪感を持てることがえらいと思います」


「お前は何でもえらいと言う」


「そうでもないですよ」


「俺に使ったことを言っておきたかったのは、俺がえらいからじゃなくて、トラックが来てて怖かっただけだ」


「怖かったんですね」


「……うん」


「怖いと感じたこともえらいと思います」


「えらいの基準がおかしい」


「テルさんが怖いと感じたのは、初めてに近いんじゃないですか」


 テルが少し間を置いた。


「……今まで、確率を操作すれば何でも大丈夫だと思ってた。だからあまり怖いと思ったことがなかった」


「でも昨日は怖かった」


「使ってから後悔した。使わなくてよかったのに、って。前はそういう後悔がなかった」



 



 昼前、テレビが速報を出した。


〈富山県の一部地域で昨夜から今朝にかけ、交差点の信号機が短時間で全て同じ色に固定される現象が複数回発生。信号機の制御システムへの影響とみられるが、原因は不明。けが人の報告はなし〉


「テルさん」


 ソウがバックヤードのドアから顔を出した。テルは椅子に座っていた。


「富山で信号が固定されるニュースが出ました」


 テルが目を閉じた。


「昨日の副作用ですか」とソウが聞いた。


「たぶん。富山は遠いが、確率の乱れは地域を飛ぶことがある」


「けが人はいなかったです」


「今回はな」


「今回は、ということですね」


「毎回けが人がいないとは言えない」


「そうですね」


 テルが目を開けた。


「俺、やっぱりダメだ」


「どういう意味ですか」


「封印がどうとか考える前に、我慢できない。一秒でも。トラックが来ただけで使った」


「怖かったから使ったんですよね」


「怖かったから使った。でも怖かったら使っていいわけじゃない」


「……そうですね」


「六十三日、保てる気がしない」


 ソウはテルの横に座った。


「テルさん」


「なに」


「六十三日、一秒も使わないでいることが目標じゃないと思います」


「でもゼロにしないと効果が薄いんだろ」


「できる限り少なくすることと、完璧にゼロにすることは別の話です。昨日一秒使ったことが、今日を全部駄目にするとは思いません」


「甘くないか」


「甘いかもしれないです。でも今日また使わなければ、昨日より良い」


「また使わないと言えるか自信がない」


「自信がなくていいと思います」とソウが言った。「自信がない状態で続けることの方が、大事な気がします」


 テルがしばらく黙った。


「……お前、なんで俺の隣に座ってんだ」


「テルさんの隣に座りたかったので」


「観測?」


「それもあります」


「俺を観測しないと世界が崩れるのか」


「崩れるかもしれないです」


「……それはプレッシャーだな」


「すみません」


「いや」とテルは言って、少し笑った。「まあ、なるようになる」


 今日のその言葉は、また少し音が変わっていた。



 



 夕方、閉店間際。


 テルがソウに「今日、信号で一回止まりそうになった」と言った。


「止まりそうになった?」


「赤信号で。確率を操作しそうになった。でも止まれた」


「止まれたんですね」


「止まれた。怖かったけど」


「どんなときが怖いですか」


「トラックが来たりするとき。前は怖いと思ったら即使ってたから、怖いままでいることに慣れてない」


「慣れてないけど止まれた」


「うん」


「えらいですね」


「えらいじゃないよ。信号待ちしただけだ」


「信号待ちできたことがえらいんです、テルさんにとっては」


 テルが「基準が独特だな」と言った。「まあ、なるようになる」


「また言いましたね」


「今日の意味は昨日と違う」


「どう違うんですか」


「昨日のは諦め半分。今日のは、ちょっとだけ前向きな気がする」


「そうですか」


「なるかどうかは分からないけどな」


「分からないけど」


「まあ、なるようになるだろ」


 テルがそう言って、自転車に乗って帰った。


 ソウはその背中を見て、「なるようになる」という言葉がだんだん変わっていくことに気がついた。


 諦めから、一時停止へ。一時停止から、少し前向きへ。


 六十三日のうちの、まだ数日だった。

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