表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アップデートしてください。〜うちのバイト先、なんか変な人しかいないんですけど〜  作者: ハル
糸が繋がる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/103

第67話「ナナが初めて走った」

---


 土曜日、ナナが遅刻した。


 一分遅刻だった。


 息を切らせて入ってきた。「間に合わなかった!」と言った。


「おはようございます」とソウが言った。


「止めなかった! 本当に止めなかった!」


「おはようございます」


「でも間に合わなかった!」


「一分です。大丈夫です」


「大丈夫じゃない、遅刻は遅刻だよ」


「そうですね」


「でも」とナナが荷物を置きながら言った。「止めなかった。ちゃんと走って来た」


「えらいですね」


「えらいじゃなくて普通のことなんだけど」


 でもナナは少しだけ胸を張っていた。ソウはそれを見ながら、「よかった」と思った。



 



 田所店長が「ナナ、遅刻だ」と言った。


「すみません」


「次から気をつけろ」


「はい」


「ちゃんと走ってきたか」


「はい」


「そうか」と店長は言って、レジに戻った。


 ナナがソウに「店長、なんで分かるんだろ」と小声で言った。


「汗かいてるから分かると思います」


「でも走ってきたって言い当てた」


「ナナさんはいつも止めてたから、汗かいてることが珍しいんじゃないですか」


「……そうか、バレてたんだ」


「バレてたと思います」


「でも何も言わなかった」


「言わなかったですね」


 ナナが「店長って、ほんとにいい人だな」と言った。



 



 午前中の接客は忙しかった。


 土曜日の午前はいつもそうだ。プラン変更、機種変更、修理受け取り、端末の設定方法の問い合わせ。ソウとナナがカウンターをはしごした。


 昼前、少し落ち着いた時間に、ナナがソウに話しかけた。


「昨日の夜、ちょっと考えてたんだけど」


「何を」


「封印のこと」


「どんなことを考えましたか」


「自分は今の自分でいたい、って思った」


「今の自分というのは」


「時間を止められる自分。能力がある自分。でも——」


 ナナが少し間を置いた。


「でも昨日、止めなかったじゃないですか」


「うん」


「止めなくても、ナナさんはナナさんだったと思います」


「一分遅刻したけど」


「一分遅刻したナナさんでした」


「同じなの?」


「同じだと思います」


 ナナがしばらく考えた。


「……封印しても、ナナはナナなのかな」


「俺はそう思います」


「俺って言わないでよ、女子に」


「すみません。俺はそう思います」


「それ直ってない」


「直せないんですが」


 ナナが笑った。



 



 昼休憩、テレビが速報を出した。


〈岩手県沿岸部で、今朝から一部の港で船の係留ロープが原因不明で切れる事故が相次いでいる。強風などの気象条件はなく、原因は不明。船体への被害は報告されていない〉


 係留ロープが切れる。


 ソウはその速報を見ながら、「境界の乱れ」というレイの言葉を思い出した。ロープも一種の境界だ。物と物をつなぐ接続が切れる。それが副作用として出てきているとしたら。


「レイさん」


「はい」


「係留ロープの話、どう見ますか」


「境界の乱れが、物理的な接続に影響している可能性があります。ロープが切れるというのは、物質の境界が解けていることの表れかもしれない」


「人への被害は?」


「今日はなかったそうです。でも、進行すれば」


「そうですね」


 ソウはメモに「岩手、係留ロープ切断」と書いた。



 



 夕方、テルがソウに「ソウ、じゃんけんしようか」と言った。


「今ですか」


「うん」


 ソウは手を出した。テルがグーを出した。ソウがパーを出した。ソウが勝った。


「また勝ってしまいましたが」


「だよな」とテルは言って、自分の手を見た。「まだずれてる」


「操作はしてないですよね」


「してない。でも確率がずれたまま直ってない」


「副作用が残ってるんですね」


「多分」


 テルが少し考えて、「俺さ、一回じゃんけんで負けたいんだよ」と言った。


「言ってましたね」


「六十三日あるんだろ」


「あります」


「一回くらい、自然に負けられると思う?」


「確率のことなので分かりませんが」とソウは言って、「でも今、副作用が残ってるとしても、少しずつ直っていく可能性はあると思います」


「直っていく根拠は」


「使うのを止めれば、いつかは」


「いつかは、か」


「急ぎたいですか」


「急ぎたい、というか——」


 テルが少し間を置いた。


「一回負けてから、封印を考えたいかもしれない」


「そうですか」


「負けたことのない俺が封印を考えるのと、一回負けた俺が考えるのじゃ、違う気がして」


 ソウはその言葉を少し考えた。「なんとなく分かる気がします」


「なるようになる、とは思う。でも、一回くらい普通の確率で負けてみてから、なるようになりたい」


「六十三日、あります」とソウが言った。


「そうだな」



 



 閉店後の帰り道。


 ナナが自転車で隣に来た。


「今日、一分遅刻した」


「しましたね」


「でも、気持ちよかった。止めないで走ったの、すごく久しぶりだったから」


「久しぶりですか」


「一年以上ぶりかもしれない。本当に全力で走ったのが」


「どうでしたか」


「足が痛い」


「そうですか」


「でも気持ちよかった」


 ナナが少し笑った。「明日も止めないで走ってみようと思う」


「何分遅刻するつもりですか」


「今度は間に合わせる。ちゃんと早く家を出る」


「えらいですね」


「えらいじゃなくて普通のことなんだけど」


「今日は普通のことができたので、えらいと思います」


 ナナが「じゃあ素直にありがとう」と言って、先に行った。


 ソウは夜空を見た。


 星が少し、増えた気がした。


 気のせいかもしれない。でも、気のせいにしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ