第66話「じゃあ使わなければ」
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金曜日の夜、全員に封印の話を伝えた。
バックヤードに六人が集まって、ソウが「封印という選択肢があるそうです」と話し始めた。
全員が最後まで黙って聞いた。
終わってしばらく、誰も口を開かなかった。
「封印したら、記憶は残るんだよね」とミオがまず言った。
「テツジンさんはそう言っていました」
「能力がなくなって、普通の人になる」
「はい」
「消えるんじゃなくて、変わる」
「変わる、という言い方の方が正確かもしれません」
カイが「でも今の俺たちじゃなくなるってことだろ」と言った。
「今の能力を持った状態ではなくなります」
「それって実質的に消えることと同じじゃないか」
「記憶があることと、記憶がないことで、違うと思いますが」
「でも重力を操れない俺は、俺じゃないだろ」
ソウは少し考えた。「カイさんが重力を操れないとして、俺には区別つかないです」
「区別ついてたじゃないか、今まで」
「今まではそうでした。でも、重力を操れないカイさんがいたとして、それを俺はカイさんと呼ぶと思います」
「同じカイじゃない」
「同じカイさんだと思います」
カイが黙った。
「封印しないとして、どうなるんだ」とカイが続けた。
「テツジンさんの試算では、六十三日で安定性がゼロになる可能性があります。ゼロになると、境界が消えて、みんなは記憶を持たないNPCとして再構成される可能性がある」
「封印してもしなくても、変わるんじゃないか」
「封印すれば記憶が残る。ゼロになれば記憶も保証できない、とテツジンさんは言っていました」
「……微妙な違いだな」
「微妙ではないと思います」
「俺には微妙に聞こえる。どっちみち今の俺じゃなくなるんだろ」
ナナが「カイ、それはおかしい」と言った。
「どこが」
「記憶があることと記憶がないことが同じなわけない。何も覚えてない自分がいても、自分じゃない」
「お前は怖くないのか」
「怖い。でもどうせなら覚えてたい」
「じゃあ使わなければいいんじゃないか」
レイが静かに言った。全員がレイを見た。
「能力を使わなければ、封印と同じことではないですか」
「テツジンさんの話では、使わないだけでは足りないということでした。能力が存在している限り、世界とのつながりは残るので」
「つながりが残っていると、何が違うんですか」
「副作用が自律的に進行し続ける、ということです。使わなくても、すでに動いている」
「でも私が感じるところでは、使用を止めてから進行が遅くなっています」
「遅くなっているが、止まっていない」
「止まるかもしれない」
「……可能性はゼロではないと思います。でもテツジンさんは試したことのない方法として封印を提示しました。完全に止まる可能性は封印の方が高い、という判断だと思います」
レイが少し間を置いた。「分かりました」
「今すぐ決めなくていいです」とソウが言った。「テツジンさんも今日みんなに相談してほしい、と言っていたので。六十三日は今日から始まっています」
「六十三日のカウントダウンってこと?」とナナが言った。
「カウントダウンというより、六十三日の間に考える時間がある、ということです」
「六十三日後に決めないといけないの?」
「テツジンさんは期限は言っていませんでした。ただ、安定性がゼロに向かって下がっていく中で、どこかで選択が必要になると思います」
「封印しないという選択肢もあるんだよね」とナナが確認した。
「あります。テツジンさんは誰にも強制できない、と言っていました」
「封印しないで六十三日を迎えることを選ぶ人がいてもいい」
「いていいと思います」
バックヤードが静かになった。
田所店長がシャッターを下ろす音が外で聞こえた。
「ソウ」とミオが言った。
「はい」
「ソウは、どうしてほしいですか」
全員がソウを見た。
ソウは少し間を置いた。
「俺は、みんなが六十三日後も、形は違っても、ちゃんとそこにいてほしいです。記憶があってほしい。ただ——」
ソウは一度言葉を切った。
「俺には決められないです。みんなの能力は、みんなのものだから」
誰も何も言わなかった。
しばらくして、テルが「なるようになる」と言った。
今日のその言葉は、以前とは違う音がした。諦めでも投げやりでもなく、まだ考え続けるための、一時停止のような音だった。
土曜日の朝。
ナナがいつもより五分早く来た。
ソウが「今日は時間を止めなかったのに早い」と言うと、ナナが「普通に早く出てきた」と言った。
「なぜですか」
「昨日のことを考えてたら、眠れなかった」
「そうですか」
「でも、それで眠れなくなるのは、ちゃんと考えてる証拠だと思った。だから別にいいかなって」
ソウはそれを聞いて、「ナナさん」と言った。
「なに」
「昨日、能力を使えば楽なのに、使わなかったじゃないですか」
「うん」
「それが一番大事なことだと思います、今は」
ナナが少し間を置いた。
「……封印の話の後でそれ言う?」とナナが笑った。
「それとこれとは別の話です」とソウが言って、開店準備を続けた。




