第64話「28%から14%」
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木曜日の朝、ナナが計算してきた。
ロッカーの前でソウに「昨日の夜ずっと計算してた」と言った。手帳に数字が書いてある。
「何を計算したんですか」
「能力使用のペースと安定性の低下の相関。テツジンさんのグラフと、私が持ってる使用記録を照合した」
「照合したんですか」
「一時間かかったけど」
「何が分かりましたか」
「大体一致してる。私の使用頻度が上がった時期と、グラフの傾きが急になった時期が重なってる」
「全員分ですか」
「私とカイとテルの分だけ。レイさんとミオさんは記録持ってないから」
「三人分でも一致するんですね」
「うん。おそらく全員含めたら、もっと相関が高い」
ナナが手帳を閉じた。「これ、テツジンさんに見せた方がいいかな」
「見せていいと思います。テツジンさんは嬉しいと思いますよ」
「なんで」
「観測を補助してくれる人がいるから、ということで」
「ああ」とナナが言った。「私も観測者的なことになれる?」
「なれると思います」
「じゃあなる」
昼休憩、テツジンは今日も来ていた。
ナナが手帳を持ってテツジンの前に座った。
「見ていただけますか」
テツジンが手帳を受け取った。ページをめくる。
「……これはよく調べましたね」
「一時間かかりました」
「相関係数は高い。私の観測と一致している部分が多い」
「役に立ちますか」
「はい。あなたの視点から見た記録は、私の観測と違う角度が入っています」
「違う角度、というのは」
「私は世界の側から見ています。あなたは当事者の側から見ている。同じ出来事でも、見え方が違う。それが補完になります」
ナナが少し嬉しそうにした。
「じゃあ、これからも記録し続けます」
「助かります」
午後、ソウはレイに聞いた。
「レイさんも記録を残していますか」
「感覚的なものを、ノートに書いています。数字ではなく」
「感覚を文字にしているということですか」
「境界の感触の変化、空間の密度の感じ方、光の見え方——数字にできないものを、言葉で記録しています」
「見せてもらえますか」
レイが少し間を置いた。「……今日は持っていません。また今度、よければ」
「ありがとうございます」
「ソウ」
「はい」
「一つ確認してもいいですか」
「どうぞ」
「私たちが観測される、ということは——私たちが存在していることを、あなたが認識し続けるということですか」
「そう理解しています」
「私たちがいなくなっても、記憶として観測することはできますか」
ソウは少し間を置いた。
「……できると思います。でもそれは、今の話をしていますか」
「今ではありません。六十三日後以降の話です」
「それはまだ考えなくていいと思います」
「でも考えてしまいます」
「考えること自体は止められないですが」とソウは言った。「今日、俺はレイさんがここにいることを認識しています。それが今日の観測です」
レイが少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「何が」
「今日もいることを、言ってもらえたので」
夕方、ナナがバックヤードでソウに「ソウ、私さ、一個聞いていい?」と言った。
「何ですか」
「六十三日が終わった後、どうなるか、ちゃんと聞いてる?」
「テツジンさんから、世界の安定性がゼロになると何が起きるか、という話は聞いていないです」
「聞いておいた方がよくない?」
「そうですね」
「私は……正直、怖い。でも知りたい」
「次にテツジンさんが来たとき、一緒に聞きましょう」
「うん」
ナナが少し間を置いた。
「ソウは怖くない?」
「怖いです」
「でも聞く」
「聞かないと余計怖い気がします」
「なんか、そういうとこ、ソウらしいな」とナナが言った。「気のせいかって流しながら、ちゃんと聞いてる」
「流すのをやめた方がよかったと思ってます、最近」
「でもそれが、ソウがソウである理由でもあると思うよ」とナナは言って、「よく分かんない言い方になっちゃったけど」と笑った。
閉店後、ソウは一人でスマホのメモを見た。
リストが増えていた。富士山。島。地面。時計。星。境界線。気温計。じゃんけん。潮流。空気の密度。ネジ三万本。
今日はリストに「二年で九十二から五十八」という数字を足した。
「一緒にいることが観測になる」というテツジンの言葉も書いた。
ソウは画面を閉じて、空を見上げた。
星が、また少ない。
でも、あった。まだあった。
今夜も、世界はちゃんとそこにあった。




