第63話「数値」
---
水曜日、テツジンがまた来た。
「四日連続ですね」とソウが言った。
「話が続いているので」
「なんか、待ち合わせみたいになってきましたね」
「そうかもしれません」
ソウは向かいに座った。テツジンがバッグを持っていた。今日は荷物がある。
「今日は何を持ってきたんですか」
「これを見せようと思って」
テツジンがバッグから薄いタブレット端末を取り出した。
ソウはそれを受け取った。
画面に数値が並んでいる。折れ線グラフ。横軸が日付で、縦軸が何かのパーセンテージだ。
「これは」
「世界安定性の推移です。私が観測してきた数値を、記録したものです」
ソウはグラフを見た。
左端から右端まで、緩やかに右下がりの線が続いていた。ところどころ急降下している。そして最近、傾きが明らかに急になっている。
「これ、いつからの記録ですか」
「二年分です」
「二年前は、何パーセントだったんですか」
「九十二パーセントです」
「今が五十八パーセントで、二年で三十四ポイント落ちた」
「ええ」
「でも最初の一年と最近の半年じゃ、落ちるスピードが全然違いますね」
「グラフの右側が急になっています。加速が始まったのは、八ヶ月ほど前からです」
「何かがあったんですか、八ヶ月前に」
テツジンが少し間を置いた。
「アップデートたちが、この店のバイトを始めた頃です」
ソウはそのグラフを見た。
八ヶ月前から急になっている折れ線グラフ。
「……みんながここに来てから、加速したということですか」
「そうです」
「なぜ加速したんですか」
「一箇所に能力を持つ存在が複数集まると、副作用の干渉が起きます。一人が使えば世界のどこかに出る副作用が、複数が使うと互いに干渉して増幅される。一足す一が三になるようなことが起きていた」
「みんながここにいることで、副作用が増幅していた」
「はい。離れていれば、加速はもう少し緩やかだった可能性があります」
ソウはしばらく何も言えなかった。
「でも今は、使うのを止めている」
「はい。これが今のグラフの右端です」
テツジンが画面を指さした。右端の数日間、グラフの傾きが少し緩やかになっている。
「止めてから、少し落ち着いた」
「落ち着いたが、止まっていない。今の傾きが続くと、六十三日です」
「一箇所に集まったことで加速したなら、散ればいいんじゃないですか」とソウが言った。
「それも一つの考え方です」
「でもテツジンさんは、一緒にいることが観測になると言った」
「矛盾していますね」
「矛盾してます」
テツジンが少し笑った。
「散ることで副作用の干渉は減ります。でも観測が薄くなる。トレードオフです」
「どちらの方が有利ですか」
「試算では、一緒にいて観測を維持する方が、総合的にはわずかにいい結果が出ています。散ることで干渉は減りますが、観測の低下の方が影響が大きい」
「わずかに、ですか」
「わずかに、です」
「正直ですね」
「繰り返すことになりますが、嘘をつく理由がないので」
ソウはグラフをもう一度見た。
「このグラフを、みんなに見せてもいいですか」
「そのためにお持ちしました」
「ありがとうございます」
「一つだけお願いがあります」
「何ですか」
「このグラフを見て、みんなが散ることを選んでも、私は止める立場にありません。それを選択肢として否定しないでほしいのです」
「散ることを選ぶ人がいるかもしれない、ということですか」
「選択は、それぞれのものです」
ソウはそれを聞いた。
「分かりました」
夕方、全員にグラフを見せた。
バックヤードで六人がタブレットを囲んだ。
「八ヶ月前から急になってる」とカイが言った。
「俺たちが集まってからか」とテルが言った。
「副作用の干渉で増幅していたそうです」とソウが言った。
「じゃあ俺たちが一緒にいることが問題だったのか」とカイが言った。
「散ることで干渉は減ります。でも観測の低下の方が影響が大きい。トレードオフです」
「どっちがいいんだ」
「テツジンさんの試算では、一緒にいる方がわずかに有利です」
「わずかに」
「わずかに、です」
全員がグラフを見た。
「これ、本物の世界の状態なんだよね」とナナが言った。
「そうです」
「なんか……リアルだ」
ナナが同じことをまた言った。先日、時計の三分のニュースを見たときと同じ声だった。
「俺たちが原因で、世界がこのグラフになってる」とカイが言った。
「友達の引っ越しを手伝ってただけなのに、って思いますか」とソウが言った。
カイが少し間を置いた。
「……思う。でも、そうじゃないとも思う」
「そうじゃないとも思う、というのは」
「それ以外にも使ってた。いっぱい使ってた。三百回」
「そうですね」
カイがグラフをもう一度見た。
「でかい話だな」と言った。声に棘はなかった。
ミオが「今日もここにいましょう」と言った。
昨日と同じ言葉だった。でも昨日よりずっしりした重さで、バックヤードに落ちた。




