第61話「63日」
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月曜日の朝、ソウは「六十三日」と書いた紙を机に貼って眺めた。
二ヶ月と少し。
夏休みより少し短い。学校の一学期より短い。去年の今頃から今日まで、という長さより短い。
どういう長さかは分かる。でもその期間に何ができるのかは、分からない。
開店準備をしながら、ソウはミオに話しかけた。
「ミオさん、六十三日、という期間についてどう思いますか」
「短い、と思います」
「でも最終的な期限、ということですか」
「そうなるかもしれません」
「テツジンさんが『あなたにしかできないことがある』と言っていました」
「ソウに、ということ?」
「そうです。でも何なのか教えてもらえなかった」
ミオが少し考えた。
「テツジンさんは、あなたに考えさせたいんだと思います」
「答えを持っていないということですか」
「答えは持っているかもしれない。でも答えを渡すより、あなたが自分でたどり着く方がいいと思っているんじゃないかな」
「なぜですか」
「あなたが自分で気づいたことでないと、意味がない場合があるから」
ソウはその言葉を少し考えた。
「ミオさんは、俺に何ができると思いますか」
「正直なことを言っていいですか」
「はい」
「ソウは、聞ける人です」
「……それだけですか」
「それだけ、じゃないと思う」とミオは静かに言った。「私たちの話を聞いて、一緒にいてくれる。それがすでに、何かをしているということだと思っています」
「それが六十三日に関係しますか」
「関係すると思う。でも、どう関係するかは、私にも分からない」
昼休憩、全員がバックヤードに集まった。
「六十三日について、みんなで考えたいです」とソウが言った。
「何を考えるんだ」とカイが言った。
「何ができるかを考えたいです。テツジンさんが次に来たとき、何かを聞けるように」
「テツジンさんがまた来てくれたとして、話してくれるとは限らないんじゃないか」とカイが続けた。
「そうですね。でも、準備だけはしておきたい」
「何を準備するの」とナナが聞いた。
「自分たちで考えた答えを持っておく。六十三日でゼロになるとして、何ができるか」
全員が少し黙った。
「まず」とレイが言った。「能力の使用を止めることで、速度を落とせるかもしれない。すでに少し効果が出ているようです」
「一日〇・三ポイント低下、ということですね」
「はい。使用を止める前はもっと速かった。止めることで遅くなっている」
「でも止まってはいない」
「止まってはいない」
「止めることが六十三日を伸ばせるとしたら、どのくらい伸ばせると思いますか」
「計算しています。完全にゼロにできれば——数年単位で伸びる可能性がある」
「完全にゼロ、というのは可能ですか」
「……副作用は、すでに自律的に動いている部分があります。使用をゼロにしても、それが止まるかどうかは分かりません」
「つまり、使わなくても下がり続けるかもしれない」
「はい」
バックヤードが静かになった。
「あとは」とミオが言った。「テツジンさんに正直に聞くことだと思います。もう一度だけ、ちゃんと正面から聞いてみる」
「何を聞くんですか」とカイが聞いた。
「止まる方法があるかどうか」とソウが言った。「あるとすれば何か。そして俺に何ができるか」
「テツジンさんが答えてくれるとは限らないよ」とナナが言った。
「聞いてから判断します」
午後の接客が一段落したころ、ソウは一人でカウンターに肘をついて考えていた。
六十三日。
みんなは何を思っているんだろう、と思った。カイは。ナナは。テルは。レイは。ミオは。
六十三日後に何かが起きるとして、それぞれが何を考えているのか、まだ全部は聞いていない。
「ソウ」
テルが横に来た。
「何ですか」
「お前、なんか聞きたそうな顔してる」
「してますか」
「してる」
「テルさんは、六十三日について何か考えましたか」
テルが少し間を置いた。
「なるようになる、と思ってた」
「過去形ですか」
「……今も思ってる。でも、なるようになる前に何かできることがあるなら、した方がいいかもしれないとも思い始めた」
「何かしたいことありますか」
「じゃんけんで負けてみたい」
「……それは」
「本当に思ってる。確率を操作しないで、自然に負けることが、俺にはずっとできてないから。一回くらい負けてみたい」
「昨日コインで表が三連続でした」
「あれは俺の操作じゃなかった。残像みたいなもの」
「じゃあ純粋に負けたことは」
「記憶にない」
ソウはそれを聞いて、「六十三日あれば何回かはじゃんけんで負けられると思います」と言った。
「お前、なんかドライだな」
「事実を言いました」
「でもまあ」とテルは笑った。「そうかもしれない」
閉店間際、テレビが速報を出した。
〈青森沖で、漁船が通常とは異なる海流を観測。潮流の方向が短時間で反転するような現象が続いており、漁業への影響が懸念されている〉
潮流の反転。
ソウは速報を見ながら、誰の副作用だろうと考えた。水は関係ない。でも境界の乱れが水の流れに影響することはあるかもしれない。
「ソウ」とレイが声をかけてきた。「潮流の異変、確認しました」
「誰の副作用だと思いますか」
「特定の能力との対応は見えにくいですが——境界の乱れが物理的な流れに影響している可能性があります」
「副作用が複合してきているということですか」
「はい。個々の副作用が積み重なって、予測できない形で出始めている」
「それが加速している」
「そうかもしれません」
ソウはメモを開いた。「青森、潮流の反転」と書いた。リストが長くなっていた。
六十三日。
リストが長くなるほど、その数字が短く感じられた。




