第56話「ネジの話」
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水曜日の朝、ミオが弁当を配った。
しゃけおにぎり、卵焼き、小さいから揚げが二個。今日も複製品。夕方には消える。
「ミオさんって、毎朝どのくらい複製してるんですか」とソウが聞いた。
「六人分なので、そんなに多くはないですよ」
「六人分を毎日」
「習慣になってるので」
「何年くらい続けてるんですか」
ミオが少し考えた。
「この店では三年くらいかな。この街に来てからは——もっと前から」
「この街に来る前もやってたんですか」
「前の街でも、前の前の街でも」
「いつ頃からですか」
ミオが静かに笑った。「長すぎて、正確には言えないです」
ソウはおにぎりを食べながら、「それだけ複製してきたということは、副作用もその分ずっと出てたんですね」と言った。
「そうですね」
「謎のネジが大量発生する、というニュースが以前ありました」
「知ってます」
「ミオさんの副作用ですよね」
「はい」
「ネジを複製したんですか」
「違います」とミオは言って、少し表情が変わった。「でも、弁当を複製するたびにどこかでネジが増えていくのは、知ってました」
「なぜネジなんですか」
「分かりません。私の能力の副作用が、なぜかネジとして出る。物質が増えるなら他のものでもいいはずなんですけど、なぜかネジです」
「謎ですね」
「謎です」
「でも確実にネジが増えてる」
「増えてます」
その日の夕方、テレビが速報を出した。
〈全国の工場や倉庫で、出所不明のネジが合計三万本以上確認されている問題で、製造元の特定が困難な状況が続いている。一部はJIS規格外の寸法であることが判明。国土交通省が調査を開始〉
ソウはその速報を見て、ミオを探した。
ミオはバックヤードのドアの前に立って、テレビを見ていた。
「ミオさん」
「……三万本」とミオが言った。静かな声だった。
「全部ミオさんのですか」
「全部かどうかは分からないけど、大部分は」
「三万本」
「長い年月だから」
ソウはその数字を頭の中で考えた。三万本のネジ。JIS規格外の寸法。国土交通省が調査している。
「ミオさん」
「うん」
「複製するたびに、ネジが増えてると知りながら続けてたんですか」
「……うん」
「それは」
「分かってます」とミオが言った。「でも、止めなかった」
「なぜですか」
ミオが少し間を置いた。
「みんなに食べさせたかったから、というのが正直なところです。複製しか作れないけど、それでも毎朝渡したかった」
「それで三万本のネジが」
「ええ」
ソウは何も言えなかった。
三万本のネジ。弁当を配りたかったというだけの理由で。
「止めますか」とソウが聞いた。
「止めようと思ってます。もうすでに、昨日から減らしてます」
「昨日から」
「ニュースになりそうだと思って。実際なった」
「でも今日もお弁当がありました」
「最後にしようと思いました。今日が最後です」
ソウはミオの横に立って、テレビを一緒に見た。アナウンサーがネジの写真を映しながら説明している。全部ミオが誰かに食べさせたくて出してしまった副作用だった。
「ミオさん」
「うん」
「弁当、ありがとうございました」
ミオが静かに笑った。
「またいつか、複製じゃないやつを作りたいです」
「複製じゃないやつ、食べたいです」
「じゃあ、そのときのために練習しておきます」
翌朝。
バックヤードにコーヒーだけが六つ並んでいた。
ナナが「今日、弁当ないんだ」と少し間を置いて言った。
「ミオさんが昨日で最後にしたそうです」とソウが言った。
「そっか」
ナナがコーヒーを手に取った。
「ミオさん」とナナが言った。
「うん?」
「毎日ありがとうございました」
「どういたしまして」とミオは言って、コーヒーを飲んだ。
カイが「俺も言っとく。ありがとうございました」と言った。テルが「うん、ありがとう」と言った。レイが「毎朝、助かっていました」と言った。
全員が言い終わって、少し間があって、ソウが「じゃあ開店準備します」と言った。
それだけだった。
でもバックヤードから出ていくみんなの背中を見ながら、ソウは少しだけ、今日の重さが昨日と変わった気がした。




