第52話「店長は知っていた(かもしれない)」
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バックヤードのドアを開けると、田所店長が立っていた。
いつも通りの顔だった。首にタオル。腕まくり。特に何かを察知した様子もなく、ただそこに立っている。
「来客ってどなたですか」とソウが聞いた。
「ああ」と店長は言った。「修理の受け取りの客だ。二番カウンターで対応してくれるか」
「わかりました」
ソウはバックヤードを出た。後ろで全員が小さく息を吐く音がした。
修理受け取りの対応は十分かかった。
客は六十代の女性で、スマホの画面交換の仕上がりを丁寧に確認し、「前より綺麗じゃないかしら」と言い、「そうですね」とソウが答え、「あなた感じがいいわねえ」と言い、「ありがとうございます」とソウが答え、ケースの付け方を一から説明し、最終的に満足して帰っていった。
普通の接客だった。
でもバックヤードに戻ろうとしたとき、田所店長がカウンターから「神崎、ちょっといいか」と言った。
「はい」
「いや、ちょっとじゃないな。少し、いいか」
ソウは足を止めた。
店長の声のトーンが、さっきと少し違った。
店長がカウンターから出てきた。ショールームの端、あまり客が来ないコーナーに向かう。ソウは後をついた。
なんでこっちで話すんだろう、と思った瞬間、バックヤードのドアから五人がそろって顔を出した。ナナ、カイ、テル、レイ、ミオの順に、扉の隙間からこちらを見ている。
店長がそちらを見た。
五人が同時に引っ込んだ。
店長は特に何も言わなかった。
「お前ら、ちょっと普通じゃないのはわかってるんだ」
ソウの背筋が、少し冷えた。
「……と言いますと」
「いや、細かいことはいい」
「は」
「細かいことは気にしない主義なんだ、俺は」と店長は言った。「ただ、一つだけ聞かせてくれ」
バックヤードのドアが、ほんの少しだけ開いた気がした。五人が聞いている。
「……なんでしょう」
店長はタオルで首を拭いた。
「給料日に、いつもより早く来るのはなんでだ」
ソウは三秒ほど、固まった。
「……それ、ですか」
「それだ」と店長は言った。「給料日の朝、毎回五分か十分早く来るだろ。今日みたいに。それがずっと気になってた」
「いや、それは——」
「なんでだ」
「……給料日が楽しみなので」
「素直でいいな」と店長は言って、タオルを肩にかけた。「そんだけだ。あとは何も聞かない」
バックヤードのドアが、静かに閉まった。
「店長」
「なに」
「普通じゃないって、何か気になることがありましたか」
店長は少し考えた。
「レイさんが時々スペアの服持ってるだろ」
「ええ」
「あれ、なんかあると思ってた。聞かないけど」
「……他には」
「カイが重い什器を片手で持ったとき。テルがじゃんけんで負けを見たことがないとき。ナナが遅刻してくる時間がいつも完璧にぎりぎり一秒なとき」
「……全部、気づいてたんですか」
「気づいてたけど、気にしないんだ」と店長は言った。「うちのバイトは変だなとは思ってるが、まじめに働いてくれてるしな」
「店長」
「なに」
「ありがとうございます」
店長は少し目を細めた。
「何かあったら、俺に言えよ」とだけ言って、レジの方へ歩いていった。
バックヤードに戻ると、五人が全員ソウを見た。
「聞こえましたよね」とソウが言った。
「聞こえた」とカイが言った。
「全部知ってたんだ」とナナが言った。
「まあ、あの人は聡い」とミオが静かに言った。「ずっと前から、何となく気づいていたと思います」
テルが「なるようになるだな」と言った。いつもの調子だった。
ナナが「店長に知られてたって、なんか……安心した」と言った。
「安心?」とカイが聞いた。
「うん。怒ったりしないでいてくれてたんだって分かったから」
ソウはそれを聞いて、カウンターで「何かあったら言えよ」と言った店長の顔を思い出した。何も問い詰めず、ただそれだけ言った顔。
「レイさん」とソウが言った。
「はい」
「さっきの話の続き、今日中にできますか」
「できます」
「じゃあ、閉店後に」
全員が頷いた。
午後の接客をこなしながら、ソウはずっと少し軽い気持ちでいた。
重い話が待っている。それは変わらない。でも店長が「何かあったら言えよ」と言ってくれたことが、なぜか足元を少し固くしてくれた気がした。
閉店一時間前、テレビが速報を出した。
〈福岡市の一部地域で、重力計の誤作動が断続的に報告されている。精密機器の計測に支障が出ているとみられ、原因は不明〉
ソウはカウンターの端末を操作しながら、目だけで画面を確認した。
重力計。
視線をカイの方へ向けた。カイはPOPの貼り替えをしている。気づいていないようだった。
「……カイ」
「なに」
「最近、福岡行ったか?」
カイの手が止まった。




