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アップデートしてください。〜うちのバイト先、なんか変な人しかいないんですけど〜  作者: ハル
このバイト先、なんか変じゃない?

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第45話「ミオが、話す」

木曜の昼。


バックヤードの折りたたみテーブルを六人で囲んでいた。


ミオの手製弁当がひとつひとつ前に置かれ、みんなの箸がほとんど止まっていた。ナナが「ずっと使ってないのに増えてる」と言ってから、もう五分は経っている。


ソウは自分の弁当の蓋を閉めた。


ミオは正面を向いたまま、ゆっくりと箸を置いた。


「——話します」


その一言だけで、場の空気が変わった。


ナナが息をのんだ。テルが顔を上げた。カイが珍しく何も言わなかった。レイはすでにミオを見ていた。


「少し長くなります。でも、全部話します」


ミオの声は穏やかだった。いつもと同じ、母親みたいな落ち着いた声だった。だからこそ、ソウは背筋に冷たいものを感じた。



 



「私がここに来たのは、みんなの誰よりも前です」


ミオは言った。


「この建物が建つ前から、ここに来ていた。その前は別の場所にいました。その前も、また別の場所に」


「……どのくらい前から」


ソウが聞いた。ミオは少し考えるように目を細めた。


「この世界が今の形になってから、ずっと、です」


誰も笑わなかった。


テルが「やっぱり」と小さく言った。カイが「千年とかじゃないのか」と言いかけて黙った。


「私はずっと、こういうバグが生まれては消えていく場所を見てきた。レイさんみたいな人、ナナちゃんみたいな人、カイくんみたいな人——何度も、何度も、同じような人たちが生まれて、能力を使って、世界を少しずつ削って、消えていった」


ナナの手が、テーブルの上で小さく握られた。


「消えた、って」


「いなくなった。突然。私だけが残って、また次の場所に来て、また同じことが始まる」


ミオはゆっくりと全員の顔を見た。ソウのところで、一瞬だけ目が止まった。


「ソウくんのことも、最初から見ていました。こういう場所には、必ずソウくんみたいな人がいる。普通の、能力を持たない人が。その人だけが、いつも最後まで残る」



 



ソウは何かを言おうとして、やめた。


代わりにテルが口を開いた。


「その、消えていった人たちは——」


「わかりません」


ミオははっきりと言った。


「どこに行ったのか、私には見えない。ただいなくなった。いつもそうでした」


「自分で選んだの?」


カイが聞いた。珍しく声が低かった。


「それも、わかりません。でも——」


ミオは少し間を置いた。


「消える前に、みんな、なんとなく分かっていたと思う。自分たちが世界にとって何なのか。何をしてきたのか。それが分かった上で、最後の時間を使っていた」


沈黙が落ちた。


レイが静かに言った。


「私たちも、そうなる」


「そうなる可能性が高い、と思っています」


断言ではなかった。でもほぼ断言だった。


ソウは弁当のご飯の上の梅干しを見た。何も考えられなかった。それくらいきれいな梅干しだった。複製したやつだから、夕方には消えるのだが。



 



「でも」


ミオが続けた。


「今回は少し違う、とも思っている」


全員がミオを見た。


「今まで、私が見てきた人たちは——最後まで自分が何をしているのか、わかっていなかった。使っていい能力だと思っていた。そういうものだと思っていた。だから世界が削れていっても、気づけなかった」


「俺たちは気づいてる」


カイが言った。ミオはうなずいた。


「テルさんが一人で海岸に行って確認してきた。ナナちゃんが使うのをやめて、それでも増えていることを報告した。レイさんが毎日、副作用の記録をとっている」


ソウは横目でレイを見た。レイは表情を変えなかった。記録をとっていたのか、と思った。初耳だった。


「それがどういう意味かは、まだ分からない。でも——今まで、この話を全員でできたことは、一度もなかった」


ミオはほんの少しだけ笑った。


「だからこれを全部話しておきたかった。みんながどう受け取るかは、みんなが決めることです」



 



しばらく、誰も話さなかった。


バックヤードの外でドアベルが鳴った。客が来たのかもしれない。でも店長が出るだろう、と全員が思ったのだろう。誰も動かなかった。


ナナが最初に口を開いた。


「……ミオさんは」


声が少し震えていた。


「ミオさんは、私たちがいなくなった後も、また次の場所に行くんですか」


ミオはすぐには答えなかった。


「それが私の仕様なのかもしれない」


「嫌じゃないですか」


ナナがまっすぐに言った。ソウはそういうところがナナだと思った。遠回りしない。


ミオは少し考えた。


「嫌、というのが何なのかを、長すぎてよく分からなくなってきた気がします」


「ミオさんらしい答えですね」


テルがぼそっと言った。ミオが「そうですか」と笑った。


カイが天井を見上げた。


「じゃあ俺は、ここにいる間にやりたいことを全部やる」


「それも選択肢のひとつです」


「お前は本当に全員を受け止めるのな」


カイが呆れたように言った。でも嫌そうではなかった。



 



レイが手を挙げた。いや、手を挙げるというか——自然に発言のタイミングを作るような静かな動作だった。


「一つ確認してもいいですか」


「どうぞ」


「能力を使わなければ、世界の消費は止まりますか」


「減ります。ただしゼロにはならない。すでに始まっている部分は続く」


「ゼロにするには」


「それが——」


ミオは少し言い淀んだ。珍しかった。


「私にも、わかりません」


「正直に言ってくれてありがとうございます」


レイは言った。それ以上は何も言わなかった。


ソウはレイの横顔を見た。「怖さを仕様に組み込む」とレイが言っていたのは、こういうことだったのかもしれない、と思った。怖くないんじゃない。怖いのに、次の質問をしている。



 



「ソウくん」


ミオに呼ばれた。


「俺?」


「あなたに一番、謝らないといけない気がしていました」


「……どうして」


「あなたは何も悪くない。でも、いつも残される側にいる」


ソウはしばらく黙った。


「謝られても困ります」


「そうですね」


「俺は」


言いかけた。うまく言葉にならなかった。


「俺は、みんながいなくなったら嫌だと思ってるんですけど——でもそれ以上に、今みんなと一緒にいるのがまだ続いてるんで。今は、今の話をしたい」


うまく言えなかった気がした。でもミオは目を細めた。


「それで十分です」



 



バックヤードのドアがノックされた。


「すみませーん、お昼まだかかりますか?お客さん来てますよ」


田所店長の声だった。


一瞬、全員の空気が弛緩した。


ナナが「あ」と言って立ち上がった。テルがのそりと動いた。カイが「俺の髪、大丈夫か」と確認した。レイがカイの肩を軽く叩いた。「問題ありません」


ソウは弁当の蓋を開けた。食べてから行こうと思った。梅干しを箸でつついた。少し崩れた。


「ミオさん」


「はい」


「この梅干し、複製ですよね」


「そうです」


「夕方に消える」


「消えます」


「……おいしいです」


ミオがほんの少し笑った。


「よかった」



 



午後、売り場に戻った。


カウンターに立ってから五分後、流れっぱなしのテレビが視界の端に入った。


——「気象庁は記者会見を開き、先週確認された北海道北部の地形変化について——」


ソウはチャンネルを変えようとして、やめた。


「——測定値が安定しない原因については引き続き調査中とのことで、専門家の間では通常の自然現象の範囲内という見方と、前例のない地殻変動を示している可能性があるという見方が割れています——」


……なんか変じゃない?


口の中だけでそう言った。


隣でレイが契約書を丁寧にそろえていた。ナナが新しい客を笑顔で迎えた。カイが鏡で自分の顔を確認していた。テルが自販機の前でコインを投げ、何かを当てていた。ミオが店長に何かを渡していた。


気のせいか。


ソウは小さく息を吐いて、カウンターに手をついた。


今日もこの場所はここにあって、六人がいた。それだけは確かだった。



 



昼休憩が終わり、全員が売り場に散った少し後——。


バックヤードに一人でいたソウは、棚の上に弁当箱がひとつ残っているのに気づいた。


ミオの、自分用の弁当箱だった。


蓋が開いたままで、まだほとんど手をつけていなかった。


「……食べてなかったのか」


誰もいない部屋で、ソウはそれを見た。


複製じゃない方の弁当。本物の、ミオが作った、ミオのための弁当。


夕方になっても消えない、たった一つの弁当。


気のせいか、とは思えなかった。

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