表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アップデートしてください。〜うちのバイト先、なんか変な人しかいないんですけど〜  作者: ハル
このバイト先、なんか変じゃない?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/71

第4話「重力には逆らえない(体重は特に)」

朝のニュースをぼんやり眺めながら、神崎ソウはトーストに無言でバターを塗り続けた。


 テレビの画面では、スーツ姿のアナウンサーが真剣な顔をしている。


「——鳥取県西部の一部地域で、鳥類が飛行不能になるという奇妙な現象が確認されています。住民からは『鳩が歩いている』『カラスが木から落ちてくる』との報告が相次いでおり、専門家は——」


 ソウは耳の端にひっかけたまま、トーストを口に放り込んだ。


「……なんか変じゃない?」


 誰もいない部屋で独り言が響く。


「……まあ、気のせいか」


 バターの塩気が口に広がった。今日もバイトの時間が迫っている。



 



 午後一時。


 携帯販売店の「モバイルステーションSHINE」は、週末の客足でそこそこ賑わっていた。


 ソウがカウンターで書類を整理していると、自動ドアが開いた。


「——と、いうわけで! 俺が着いたからもう大丈夫だ!」


 入ってきた男は、開口一番そんなことを言った。


 背は高く、顔立ちは整っている。髪は寝癖なのか意図的なのか判断のつかない微妙なセットで、えりが開いたシャツにジャケットを羽織っている。見ようによっては格好いい。見ようによっては、だが。


「……だから何が」


 ソウは書類から目を上げず、平坦な声で返した。


「御堂カイ、二十二歳。今日からこの店のバイトだ。よろしく」


 男——御堂カイ——は、誰も求めていないのに手をさっと横に広げてポーズを決めた。


「店長から聞いてる。神崎ソウ、だろ? 世話になるな」


「……うん。まあ」


 ソウは書類をひとまとめにして棚にしまい、改めてカイを見た。


 第一印象:自信過剰。第二印象:でも人を嫌な気持ちにさせるタイプではない。


 そういう人間というのが、世の中には一定数いる。


「氷室さんは?」


「今日は午後三時上がり。ナナは夕方から」


「そっか。じゃあまず神崎くんが色々教えてくれる感じ?」


「まあ、そうなる」


「よろしく頼む。俺、飲み込み早いから」


 カイはにっこりと笑って、更衣室の方へ向かった。


 ソウはその背中を一秒眺めて、視線を戻した。


 ……なんか変じゃない?


 漠然とした既視感。この店に来る人間に感じる、うまく言語化できないズレ。


 気のせいか。



 



 接客マニュアルの説明を終えたのは三十分後だった。


「つまりプランの説明は正確に、でも押し売りはしない。客が決めるまで待つ。端末の在庫確認は棚とシステムを必ず両方見る。これが基本」


「了解。簡単じゃん」


「まあ見てればわかる」


 カイは腕を組んで天井を見上げた。


「なあ、神崎くん」


「ソウでいい」


「じゃあソウ。この店、他のバイトはどんな感じ?」


「氷室さん、ナナ、俺、あとカイさんで今のところ四人か」


「カイでいい。カイさんはやめてくれ、むず痒い」


「わかった」


「氷室さんって、どんな人?」


 ソウは少し考えた。どんな人、と問われると答えに詰まる。


「……有能。クール。あと、気をつけたほうがいいことが一個ある」


「なに」


「『少し待ってください』って言われたら、目を閉じるか壁の方を向くこと」


 カイは眉を片方だけ上げた。


「……どういうこと?」


「見ればわかる」


「なんかよくわからん答えだな」


「そうだと思う」


 その日の午後は、思いのほか穏やかに過ぎていった。



 



 問題が起きたのは、夕方四時過ぎだった。


「すみません、このプランって月々いくらになるんですか」


 カウンターに立っているのは三十代くらいの男性客で、スマートフォンの乗り換えを検討しているらしい。ソウが対応しながら資料を開いていると、隣でカイが別の客への説明を始めた。


「こちらのプランでしたら——」


 声のトーンは丁寧だ。表情も柔らかい。悪くない。


 と、思っていたら。


「——え、これって、ちょっと動かしますね」


 カイが何かを言って、カウンターの上のタブレットスタンドがふわりと浮き上がった。


 ソウの隣で。


 五センチほど空中に浮いたまま、くるりと向きが変わって、客の見やすい角度に定まった。


 タブレットスタンドは、ケーブルもつながっていないのに。空中に。浮いて。いた。


「……こちらの料金表がこのようになっております」


 カイは何事もなかったようにタブレットの画面を指差した。


 客がぽかんとしている。


 ソウも一瞬固まって、我に返って、自分の客の方に視線を戻した。


「——えーと、月々のご料金は、このプランですと基本料金が……」


 ソウは笑顔を維持したまま、内心で深呼吸した。


 ……見た。確かに見た。タブレットスタンドが浮いていた。


 でも客が「え、今浮きました?」と言い出さないので、おそらくカイの動作が自然すぎて見間違えたと思ったのだろう。


「ありがとうございます、参考にしてみます」


 カイの客が帰っていく。


 ソウも自分の客を見送って、すぐにカイの方を振り向いた。


「……ちょっといい?」


「おう、どした」


「今、タブレットスタンド浮かせた?」


 カイはまったく悪びれない顔で言った。


「浮かせた。客に角度合わせたかったんだよ。便利だろ?」


「浮かせた」


「浮かせた。なんか問題あった?」


「……問題というか」


 ソウは言葉を選んだ。レイのことを思い出した。「私の仕様です」と言った時の顔を。ナナが毎回全力疾走しているのに一分遅刻する事実を。


「……この店、なんか変な人しかいないのは知ってたんだけど」


「変? 俺が?」


「カイが変とは言ってない。状況が変って言った」


「まあ、そうかもな」


 カイはさらりと言って、カウンターに肘をついた。


「俺、重力をちょっといじれる。局所的に。別に大した話じゃない」


「……大した話では?」


「ソウの周り、他にも変な人いるんだろ。さっきそんな雰囲気だった」


「……否定はしない」


「だったら俺くらい別にいいじゃん」


 ソウは数秒考えた。


 確かに、言われてみれば。


「……まあ、そうか」


「順応早いな、ソウ」


「最近慣れてきた」



 



 夕方になってナナが飛び込んできた。


「間に合った!」


「一分遅刻です」


 バックヤードから出てきたソウがそう言うと、ナナは「えっ」と声を上げた。


「嘘! 絶対今日こそは大丈夫なはずだったのに!」


「今日は何をした?」


「時間を——いえ、全速力で走りました!」


「なのに一分遅刻」


「なんで!!」


 ナナは本気で悔しそうに靴のかかとを踏み直した。


 そこにカイが顔を出して、ナナとソウを交互に見た。


「この子が時間止める子?」


「言ってないけど」


「なんとなく」


 ナナがきょとんとカイを見た。


「だれですか?」


「御堂カイ。今日から仲間。重力担当」


「重力ってなんですか?」


「重力」


「あ、そうですか」


 ナナはあっさり納得して、更衣室へ向かった。


 カイがソウに小声で言った。


「こいつ、ちょっとすごいな」


「何が」


「受け入れるの早すぎる」


「レイさんもそう言ってた」


「氷室さんが?」


「『人間の子どもは順応が早い』って」


 カイは「ふーん」と言った。何かを考えているような、考えていないような顔だった。



 



 閉店間際、バックヤードで三人が並んで後片付けをしていた。


 テレビがついていて、ニュースが流れている。


「——本日、北海道釧路市の一部地区で重力の異常が観測されました。転がしたボールが坂を登り、水が逆流するなど——」


「……なんか変じゃない?」


 ソウがつぶやくと、カイが少し体を硬くした。


「……ニュース見てると、最近変なことが多い気がする」


「そうか?」


「富士山が縮んでるとか、鳥が飛べなくなった地域があるとか、今日は重力の異常とか」


「へえ」


 カイの「へえ」が、どことなくそっけなかった。


「気のせいか」


 ソウはタオルで手を拭いながら言った。


 カイはテレビから視線を逸らして、棚の整理を再開した。


 ナナはそもそも何も聞いていなかったようで、「ドリンクバー行きたい」と言った。


「今は関係ないでしょ」


「行きたいものは行きたいです」



 



 片付けが終わって、三人で店を出た。


 夜風が少しひんやりしていた。秋の終わりのにおいがする。


「ソウ、あのさ」


 カイが歩きながら言った。


「なに」


「重力って、すごいと思わない?」


「突然」


「いや、世の中って結局重力で成り立ってるじゃん。物が落ちるとか、地面に立てるとか。なのに誰も重力に感謝しないよな」


「……感謝する対象が不明だから」


「そういうこと言ってんじゃなくて」


 カイはポケットに手を突っ込んだ。


「俺、重力操作できるんだけど、自分の体重だけは操作できないんだよ」


「……そうなの」


「そう。どんなに浮かせようとしてもびくともしない。不思議だよな」


「ダイエット中?」


「なんで知ってんだよ」


「なんとなく」


 カイが「なんでだよ」と言いながら少しむくれた。ソウは笑わないようにして前を向いた。


「まあ、なんというか」


 ソウは夜空を少し見上げた。街灯が並んでいて、星はほとんど見えない。


「重力に逆らえないものが体重だけってのは、なんか、そういうもんかもな」


「慰めてんの?」


「観察してる」


「どっちにしろ傷つくな」


 ナナが二人の間に入ってきた。


「ドリンクバー、コンビニにはないですよね」


「ないよ」


「じゃあファミレス行きましょう。奢ってくれますか御堂さん」


「なんで俺が」


「なんとなく」


「なんとなくで奢らされたくない!」


 三人の声が夜道に散らばった。


 ソウは少し遅れて笑って、二人の後ろをついていった。



 



 コンビニの前を通る時、ドアの横のテレビ画面が目に入った。


 深夜のニュース速報が流れていた。


「——北海道に続き、長野・群馬県境の山岳地帯でも重力異常が確認——」


 ソウは三秒だけ立ち止まった。


 カイとナナは先を歩いている。


「……気のせいか」


 ソウは小さくつぶやいて、二人を追いかけた。



 



 翌日の朝、ソウがシフトに入ると、カウンターにレイがいた。


 書類を処理している。完璧な姿勢で。いつも通り。


「お疲れ様です」


「お疲れ様。昨日、カイと接触しましたか」


「した。重力操作、見た」


 レイは書類に目を落としたまま、少し間を置いた。


「……その件について、後で話したいことがあります」


「何?」


「少し待ってください」


 ソウは一瞬固まって、反射的に壁の方を向こうとした。


「——書類を取りに行く、という意味の少し待ってください、です」


「……ああ」


「紛らわしくてすみません」


 レイはファイルを棚から抜き取って戻ってきた。スーツの乱れは一ミリもない。


「カイの能力について。副作用が出始めている可能性があります」


「副作用」


「彼が重力を操作するたびに、世界のどこかで重力定数が微妙にずれます。昨日のニュース、見ましたか」


 ソウは昨夜のコンビニ前を思い出した。


「……見た。気のせいだと思ってたけど」


「気のせいではないと私は思っています」


 レイは静かな声で言った。


 その目が、いつもより少しだけ遠くを見ているような気がした。


「……でも」


 ソウは訊いた。


「それって、どういうことになるの」


「まだわかりません」


 レイはファイルを開いた。話が終わったような動作だった。


「ただ」


 と、付け加えた。


「ニュースを見る時は、少しだけ注意して見てください。繋がっているかもしれませんので」


 ソウは返事をしようとして、言葉を探した。


 繋がっている、というのが何を指しているのかわからない。


 でも、なんとなく。


 ずっと「気のせいか」で流してきたものが、少しずつ輪郭を持ち始めているような感覚があった。


「……わかった」


 自動ドアが開いて、最初の客が入ってきた。


 ソウはカウンターに立って、いつも通りの笑顔を作った。


 レイはとなりで書類をめくっている。


 何かが、少しだけ動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ