表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アップデートしてください。〜うちのバイト先、なんか変な人しかいないんですけど〜  作者: ハル
このバイト先、なんか変じゃない?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/68

第30話「それでも、朝はくる」

---


翌朝、バックヤードの電気をつけたのはソウだった。


誰よりも早く来たのは初めてかもしれない。特に意味はない。ただ、昨夜からずっと眠れなかっただけだ。


ナナの「怖い」という声が、耳に貼りついて取れなかった。


「…気のせいか」


独り言を言いながらソウはロッカーを開け、エプロンを手に取った。自分でも何が気のせいなのかよくわかっていない。ただ口から出た。


ニュースは見た。踏切の異常が複数個所で同時発生しているという話。ナナの能力でも、誰かの能力でもない場所で、時間に穴が開いている。


(これ、なんか変じゃない?)


「うん、変だよ」


ソウは声に出して答えた。誰もいないバックヤードに向かって。



 



八時半。開店十五分前にナナが飛び込んできた。


「間に合った!」


息を切らして、頬が真っ赤だ。


「ナナさん、普通に来れたの?」


「うん!ちゃんと電車乗ってきた。踏切も、今日は普通に下りてたし」


ほっとした顔をしている。子どもみたいにわかりやすい。ソウはつられて少し息を吐いた。


「よかった」


「うん」


ナナはロッカーを開けながら、ちらっとこちらを見た。


「神崎さん、早いね。今日」


「眠れなくて」


「あ、わたしも。なんか、いろいろ考えてたら」


「ナナさんが眠れないって珍しいな」


ナナは少し笑った。困ったような笑いだった。


「眠れなかったんだけど、朝になったらちょっとだけ落ち着いた。なんでだろ」


「朝って、そういうもんじゃない」


「そういうもの?」


「なんか、暗い中で考えてると、でかく見えるじゃないですか、問題が。明るくなったら少しだけちっちゃくなる」


「……神崎さん、それ、昨日も眠れなかった人の顔してる」


「してる?」


「してる」


二人ともしばらく黙った。それがなぜか不快じゃなかった。



 



九時ちょうど。レイが来た。


いつもと同じ完璧なスーツ、いつもと同じ表情、いつもと同じ歩幅。何も変わっていないように見える。


「おはようございます」


「おはようございます、レイさん」


「昨夜は眠れましたか」


問いながら棚のデジタル時計を確認している。業務の一環みたいな聞き方だった。


「眠れてないです」


「そうですか」


「レイさんは?」


レイは少し間を置いた。


「三時間ほど」


「それ眠れてないの?」


「私の必要量は二時間なので、十分です」


「…なんか変じゃない、その体」


「仕様です」


言い切って、レイは売り場に出た。ソウはその背中を見ながら、変なことに気づいた。


今日のレイはいつもよりわずかに歩幅が狭い。ほんの少しだけ。言わなければ誰も気づかないくらい。


(気のせいかな)


気のせいじゃない気がした。



 



十時過ぎ。カイとテルが一緒に来た。珍しい組み合わせだ。


「なんで二人で来てるの」


「電車で鉢合わせた」とカイが言った。


「偶然」とテルが言った。


「偶然なんだ」


「確率で言うと低くはない」


「どのくらい」


「うーん」テルは少し考えた。「まあ、低くはない」


「それしか言えないじゃん」


カイはソウの肩をばしっと叩いた。


「ソウ、お前顔色わるいな」


「眠れなかった」


「俺も」カイが言った。「というかあんなこと聞かされて眠れるわけないだろ。普通に腹立つ」


「誰に?」


「……誰にもじゃないけど」


カイは少し口を曲げた。腹を立てたいのに立てる相手がいない。そういう顔をしている。


テルはその隣でふかあくびをした。


「テルさん眠れた?」


「まあまあ。考えすぎても仕方ないし」


「考えなかったの?」


「考えたよ。でも、考えても今日は変わらないから。考えるなら情報が揃ってから」


「達観してるな」


「そう?」テルは首をかしげた。「ただ、今日の自分にできることをすればいいと思って」


カイが「お前それ強がってるだろ」と言った。


テルは「強がってるかもね」と言った。否定しなかった。



 



ミオが来たのは開店から三十分ほど経ったころ。


バックヤードに入ってきたミオの手には、いつも通りタッパーがあった。


「おはよう。今日はね、昨日より多めに作ってきたから」


テーブルに並べながら、ミオはさらっと言った。弁当の数は、ちゃんと五人分ある。


「ミオさん」


「なあに」


「複製じゃなくて?」


「うん。昨日の夜、作ったよ。本物」


ミオは笑った。ふだんの「複製弁当お裾分け」のときとは少し違う笑い方。少しだけ、照れくさそうな笑い方。


「なんで」


「昨日みんなにいっぱい心配かけたから。できることくらいしとこうと思って」


カイが「……べつに心配してないし」と言いながら弁当を受け取った。受け取る手が早かった。


ナナは素直に「ありがとうございます!」と言って蓋を開けた。


レイは「いただきます」と静かに言った。


テルは「やば、うまそう」と言いながら箸を持った。


ソウは受け取って、少しだけ黙った。


「ミオさん、昨夜何時に作ってたの、これ」


「うーん、二時ごろ?」


「眠れなかったんじゃないですか」


「そうね」ミオは自分のぶんを取りながら言った。「でも、手を動かしてたら落ち着いてきた。不思議ね」


「落ち着いた?」


「うん。なんか、目の前のことをやってると、頭がひとつのことに集中してくれて」


ソウはそれを聞きながら、弁当を開けた。卵焼きがあった。甘い匂いがした。


「…ミオさん、ずっと一人で知ってたんですよね」


「そうね」


「千年くらい」


「だいたいそのくらい」


「それって」ソウは少し言葉を選んだ。「しんどくなかった?」


ミオは箸を持ったまま、ちょっと上を向いた。


「しんどかったけど、この子たちと一緒にいたかったからかな。知ってしまったら、終わりに近づく気がして」


「でも話してくれた」


「神崎くんが聞いてくれたから」


「俺が聞いたから?」


「うん。あなたが聞いてくれると、なんか、答えられる気がした。なんでかはわかんないけど」


ソウは少し黙った。


(なんか変じゃない、それ)


変じゃなかった。なんとなく、わかった。



 



昼過ぎ。客足が落ちついたタイミングで、謎のおじいさんが来た。


毎週来る。スマホの使い方を聞く。毎回同じことを聞く。


「また来たよ。ワシ」


「いらっしゃいませ」


ソウが対応に出た。今日は何を聞くんだろう、と思いながら。


おじいさんは端末を取り出した。去年のモデルだ。少し古い。


「これ、なんか最近、重うなった気がするんじゃが」


「端末が重くなった?」


「うん。データか何かが増えとるんかな」


「確認しますね」


ソウが受け取って確認した。特に問題はない。容量も、動作も、普通だ。


「データはそんなに増えてないですね。問題ないと思いますよ」


「そうか」おじいさんは端末を受け取りながら、ソウをじっと見た。


いつも思う。このおじいさんの目は、なんか変だ。聞いていることより、ずっと深いところを見ている感じがする。


「最近、変なニュースが多いのう」


「ですね」


「気になるか?」


「…少し」


「気のせいにしておかんほうがええ」


おじいさんはそう言って、少し微笑んだ。昨日も同じことを言った。


「気のせいにしとかんほうがええっていうのは、どういう意味ですか」


ソウは直接聞いてみた。


おじいさんは少し間を置いた。


「気になっとるのに気のせいにするのは、自分の目を閉じることじゃろ」


「目を閉じたら?」


「見えなくなる」


「見えなくなったら?」


「気づくのが遅くなる」


「何に」


おじいさんはまた少し笑った。


「それはまだ、あんたが自分で見つけることじゃな」


そう言って、帰った。


ソウは見送りながら、首の後ろがじわっとした。毎回こうだ。毎回、聞いてもわからない。でも毎回、何かが引っかかる。



 



夕方。レイがバックヤードに引っ込んだタイミングで、ソウも手が空いた。


何気なく覗こうとした。


「少し待ってください」


レイの声がした。


「……あ、はい」


ソウは止まった。わかっている。この声のトーン、このタイミング。


布が落ちる音がした。


どさっ。


続いて、ずぶっという奇妙な音。壁の中に何かが入っていく音。


しばらくして、壁の向こうからレイの声が聞こえた。


「入ってきていいですよ」


ソウはバックヤードの戸を開けた。


壁の前にスーツがきれいに畳んで置いてある。その横に、別のスーツが整然とスタンバイしている。スペアだ。いつも五セット持ち歩いている。


レイが壁の向こうから歩いてきた。というか、壁からずぶりと出てきた。


すでにスペアを着ている。


ソウは視線を天井に向けながら言った。


「何してたんですか」


「ロッカーの鍵を閉め忘れました。向こうの部屋に置いてきてしまったので」


「鍵のために…」


「普通に取りに行くと売り場を通らなければなりません。少し混んでいたので」


「…抜けたら世界がどこか消えるってわかってるのに」


「……」


レイは少し沈黙した。それから言った。


「習慣で、動いてしまいました」


習慣。その言葉が妙に響いた。


「レイさん」


「はい」


「怖い?」


「何が」


「能力、使えなくなること」


レイはスペアのスーツの襟を整えながら、少し間を置いた。


「怖いかどうか、まだわかりません」


「わからない?」


「使えなくなった私が、どういう私なのかを想像する材料が足りていないので」


「材料」


「私はずっと、この能力と一緒に存在してきた。それが前提だった。前提がなくなった自分を、うまく想像できない」


「…そっか」


「ただ」レイは続けた。「怖いとは別に、思っていることがあります」


「何を」


「使えなくなっても、ここには来られますか」


ソウはすぐに答えた。


「来られますよ」


「そうですか」


「田所さんが雇ってますし」


「田所さんに聞いたわけではありません」


「……俺に聞いてるの?」


「そうです」


ソウは少し黙って、それから言った。


「来てください。来てほしい」


レイはソウを見た。いつもと同じ顔だ。でもソウには、そのわずかな間が、少しだけ普通の人間っぽく見えた。


「わかりました」



 



閉店後。全員でロールシャッターを下ろす。


テルが「今日もなんか変なニュース出てた?」と言った。


ソウはスマホを確認した。


【速報】静岡県沖に観測史上例のない海面の隆起。直径約三百メートル、高さ二メートルの丘状地形が一時間で形成。原因不明。


「……出てた」


「どこ」


「静岡沖に海面が盛り上がった」


「盛り上がった?」


「島が出てきたとかじゃなくて、海面が丘みたいになってるって」


みんながスマホを覗き込んだ。カイが「重力か?」と言った。「俺のせいか?」


「カイ、今日能力使った?」


「使ってない。使ってない、本当に」


テルが「じゃあ俺たちのせいじゃない」と言った。


「じゃあ何が」


誰も答えられなかった。


ミオが静かに言った。


「……世界が、自分でおかしくなり始めているとしたら」


「能力と関係なく?」


「そう」


「それって、止められないじゃないですか」


ミオはゆっくりうなずいた。


「そうね」


沈黙が降りた。シャッターの外で、車が一台通り過ぎた。


ソウはスマホを見ながら思った。


能力をやめれば世界への干渉は止まる、とレイが言っていた。それは正しいかもしれない。でもその前提に、もうひとつ別の何かが動き始めているとしたら。


(気のせいか)


ナナが言った。


「……怖いけど」


「うん」


「でも、今日、朝来たら少し落ち着いたんだよ。さっきも神崎さんに言ったけど」


「言ってた」


「だからたぶん」ナナは続けた。「明日もとりあえず、朝は来ると思う」


「来るでしょ、朝は」


「うん。来るよね」


ばかみたいな会話だった。でも誰も笑わなかった。否定もしなかった。


テルが「じゃあ帰ろう」と言って立ち上がった。


カイが「飯どっか行こうぜ」と言った。


ミオが「いいね、私も行く」と言った。


レイが「少し付き合います」と言った。


ソウは最後にシャッターの鍵を確認して、振り返った。


謎のおじいさんの言葉が、また頭をよぎった。


気のせいにしておかんほうがええ。


(わかってる)


ソウは鍵をポケットに入れて、みんなの後を追った。


静岡沖の海面は、翌朝のニュースでは「自然に収まった」と報じられた。原因は依然、不明のままだった。


---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ