第102話「昼休みの出来事」
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昼休み、バックヤードで全員が弁当を食べていた。
「これ、複製してないですよ」とミオが言った。
「本物ですか」とカイが言った。
「本物です。今日は朝から作りました」
「卵焼きは」
「崩れています」とミオが言った。「三角形ではなくなっています」
「形は関係ないですよ」
「練習十六回目です。まだ崩れます」
「卵焼きって難しいんですか」とナナが言った。
「難しい」とテルが言った。「俺も一回作ったことある。崩れた」
「テルさんが作るんですか」
「一回だけ。崩れたから諦めた」
「続けなかったんですか」
「なるようになると思ったが、崩れ続けたので諦めた」
「確率操作すれば」とカイが言った。
「卵焼きの形は「どうでもいいこと」の範囲に入らない」とテルが言った。「俺にとっては重要すぎて操作できない」
「卵焼きが重要なんですか」
「形に意味があると思うから重要なんだと思う。よくわからないが」
午後になって、レイが資料整理をしていた。
ソウが隣のカウンターで書類を片付けていると、レイが「ソウさん」と呼んだ。
「何ですか」
「少し待ってください」
どさっ、という音がした。
ソウは反射的に横を見た。
レイの制服が床に落ちていた。レイ本人は——スーツ上下、ネクタイまで含めて全部床に落として——すでに壁に半分埋まっていた。
「ちょ——!」
「ファイルがあちら側に落ちてしまいました」とレイが壁の向こうから声をかけてきた。完全に平静な声だった。「少々お待ちください。回収してきます」
「い、いや——」
「ご覧になりましたか」
「み——ちょっと……」
「仕様なので問題ありません」
「問題あります俺の問題が——」
ソウは天井を見た。天井は何の罪もなかった。
三分後、レイが壁から出てきた。スペアのスーツに着替えていた。ファイルを持っていた。
「取れました」
「はい」
「ソウさん、顔が赤いですね」
「知ってます」
「お体の調子が悪いですか」
「そういうわけじゃないです」
「ではなぜ赤いんですか」
「……少し待ってください」
「私のセリフですね」
ソウは深呼吸した。
「レイさん。一つだけ聞いていいですか」
「はい」
「封印——したいと思いますか」
レイが少しだけ間を置いた。
「……考えています」と言った。
「その答えは——さっきの「仕様なので」より、素直な感じがしますね」
「そうかもしれません」
閉店後、全員でバックヤードに集まった。
「テツジンさんが来ないですね」とナナが言った。
「昨日の感じだと——今日来るかと思ったんですが」とカイが言った。
「来なくていいんじゃないか」とテルが言った。「テツジンが来たから答えを出す、じゃなくて——俺たちで決めることだろ」
「そうですね」
「封印の方法は聞いた。「自分の言葉で言う」ということはわかってる。準備ができた人からでいい」
「準備ができた人から、か」とナナが言った。「順番は決めなくていいですか」
「決めなくていいと思う」
「じゃあ——」とナナが言いかけた。
全員がナナを見た。
「あ——いえ、まだです」とナナが言った。「私じゃないです」
「誰でもいいですよ」とソウが言った。
「じゃあ——」と今度はカイが言いかけた。
「俺じゃないです」とカイが即座に言った。
「言いかけましたよね」
「準備中です」
「テルさんは」とソウが聞いた。
「俺は——」とテルが言った。少し間があった。「今日言ってもいいかもしれないと思ってる。ただ、もう一日待たせてくれ」
「どうしてですか」
「最後に一回だけ——やりたいことがある」
誰も聞かなかった。
テルが「ありがとう」と言った。




