第101話「答えを出す日の朝」
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翌朝、ソウはいつもより早く起きた。
特に理由はなかった。ただ——昨夜、「明日、答えを出そう」と言われて——眠れなかったわけじゃないが、すぐには眠れなかった。
七時に家を出た。バイトは十時からだ。
最寄り駅の交差点で、ナナとぶつかった。
「ソウさん」
「ナナさん。早いですね」
「早起きしてみました」
「いつもより何時間早いですか」
「二時間です」
「それはかなり早いですね」
「昨日の帰り道に思ったんです。今日は能力を使わないで来てみようって」
「それで二時間早起きを」
「はい。結果、三十分余りました」
「計算が合ってないですね」
「そうですね」とナナが言った。「まあ早い分には問題ないですよ」
二人で歩いた。
「今日——答えを出すんですよね」とナナが言った。
「そうですね。バイトの後で」
「決められるかどうか、わからないですけど」
「決めようとするだけでもいいと思います」
「ソウさんは不思議ですね。いつも急がない」
「急いでも仕方ないことが多いので」
「でも今日は大事なことを決める日なのに」
「大事だから——急いで決めない方がいいと思って」
ナナが「そういうものですか」と言った。
「そういうものかどうか、俺もわからないですけどね」
交差点で信号が赤になった。
ナナが横で立ち止まった。少しだけ手が前に出かけた気がした。でも——動かなかった。
「止めませんでしたね」とソウが言った。
「止めてないです」
「いつもここで止めてましたか」
「……毎回じゃないですけど、この信号、長いので」
「今日は待ちましたね」
「待ちました」とナナが言った。「なんか——待てましたね」
青になった。二人で渡った。
「一個変わりましたね」とソウが言った。
「信号が青になるのを待てたことが、ですか?」
「それで十分だと思います」
店に着くと、テルがシャッターの前に座っていた。
「テルさん、早いですね」
「目が覚めた」
「眠れなかったですか」
「眠れたけど、起きた」
「区別がつかないですね」
「まあ」とテルが言った。「今日、信号でじゃんけんしなかった。一個止められた」
「俺もです」とナナが言った。「信号で時間停止しなかった」
「一個ずつ変わってきてますね」とソウが言った。
「一個ずつくらいでいいんじゃないか」とテルが言った。「一気に変えようとすると、続かない」
「テルさんらしい言い方ですね」
「そうかな。まあ——なるようになるさ」
いつもと少し違う言い方だった。ソウはそれに気づいた。
十時になって、開店した。
田所店長が「今日みんな妙に静かだな」と言った。
「いつもですよ」とソウが言った。
「いや、今日は違う。なんか——落ち着いてる感じがする」
「そうですか」
「まあ、仕事に差し支えないなら何でもいい」と店長が言った。「ただ——何かあったなら、声かけてくれよ。俺はここにいるから」
ソウは「はい」と言った。
店長はいつも通りバックヤードに消えた。
午前中、一人の客が来た。
スマホの機種変更の相談だった。ソウが対応した。カウンター越しに話しながら、ふと窓の外を見ると——ナナが外の駐車場で誰かの荷物を手伝っていた。
重そうな荷物を持ち上げて、走って届けて、戻ってきた。
息を切らしていた。
能力は使っていなかった。
なんか変じゃない、とソウは思った。変じゃなかった。普通に、誰かのために走っていた。
〈静岡市の時計メーカーが報告したところによると、今月に入って工場出荷前の時計の秒針が、全品コンマ三秒のズレを持つようになっているとのこと。原因は製造工程の確認中〉
テレビのニュースが流れた。
テルが「コンマ三秒のズレ、か」と言った。
「何か思い当たりますか」とソウが聞いた。
「……先月、遅刻しそうな日に時計の秒針を少し巻き戻した。一回だけ」
「それが蓄積して」
「かもしれない。コンマ三秒って——俺が巻き戻した分に近い」
「今は止めてますよね」
「止めてる。でも——出てる」とテルが言った。「止めても出るのか」
「出るとしたら——修復に時間がかかるってことですかね」
「……そうかもしれない」
テルがテレビを見ていた。しばらく黙っていた。
「まあ——なるようになる、と言いたいところだが」
「言えないですか」
「少し言いにくい。俺がやったことで出てるから」
ソウは何も言わなかった。
テルが「……今日、ちゃんと決めようと思う」と言った。




