第103話「最後の一回」
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テルが「もう一日待ってくれ」と言った翌日。
ソウは午後のシフトだったので、午前中は家にいた。
昼前に、テルからメッセージが来た。
「ちょっとつきあってくれないか」
テルが指定した場所は、駅前の公園だった。
ベンチに座って待っていると、テルが来た。ポケットに手を入れて、特に急いでいない様子だった。
「呼んで悪かった」
「いいですよ」とソウが言った。「何をするんですか」
「コンビニでコイン買ってきた。百円玉」
テルがポケットから十枚の百円玉を出した。
「今日で最後にする」とテルが言った。「確率操作。一回だけやって——それから封印する」
「一回だけ」
「一回やって——どれだけ出るか確認したい。今まで止めてたから、今どういう状態か確認したい」
「それが「やりたかったこと」ですか」
「そう」とテルが言った。「一回だけ全力でやって、それで終わりにする」
テルがコインを一枚取り出した。
「俺が指定した結果になるか——見ててくれ」
「わかりました」
テルがコインを投げた。
表。
「次」
もう一枚。
表。
「次」
また表。
五回、全部表だった。
「全部表でしたね」とソウが言った。
「当たり前だ」とテルが言った。「ただ——」
テルが残り五枚を全部ポケットに戻した。
「もういい」
「やめるんですか」
「十回やるつもりだったが——五回でいい」
「なぜですか」
「……最初に投げたときに思ったんだが」とテルが言った。「表が出ると分かってるコインを投げても、面白くなかった」
「そうですか」
「ずっとそうだった。面白いと思ってやってたんじゃなくて——できるから、やってた。違いがあったんだな」
二人でベンチに並んで座った。
「テルさん」とソウが言った。「今、どんな気分ですか」
「……悪くない」とテルが言った。「意外と軽い。怖いのかと思ったが——怖くない」
「準備ができてたんですね」
「準備というより——止める気になれなかっただけで、止める理由はずっと分かってたのかもしれない。「なるようになる」って言いながら——何がなるか、分かってた」
「世界が崩れるとわかってた」
「わかってたよ。ニュース見てたし。副作用が出てるのも知ってた。でも——「大したことない」と思いたかった。一番しょぼい能力だからって」
「そうだったんですね」
「そうだった。でも——テルが止まっても消えないのを見てから、変わった」
「自分自身で確認できましたね」
「ああ」とテルが言った。「俺が止めても消えない。封印しても——ここにいる。それが分かった。だから——できる」
テルが立ち上がった。
「ソウ、一個頼んでいいか」
「何ですか」
「じゃんけんしよう」
ソウは少し間を置いた。
「封印する前に、ですか」
「ああ」
「じゃんけんで、テルさんが負けたいということですか」
「一回でいいから、普通に負けたい。能力なしで。五割の確率で」
「……やりましょう」
二人でじゃんけんをした。
ソウがパー。テルがグー。
「負けた」とテルが言った。
「負けましたね」
「……なんか、こっちの方が面白い」とテルが言った。「結果が分からない方が」
「そうですか」
「そうだ。まあ——なるようになるって、本当はこういうことだったのかもしれない」
夕方のシフトが始まる前、テルがバックヤードに全員を集めた。
「言う。今日言う」
全員が静かになった。
「俺は——確率操作を封印します。この能力を、永久に手放します」
短かった。
ミオが「テル」と呼んだ。
「なんだ」
「崩れた卵焼き、明日持ってくるね」
「食べる」とテルが言った。
誰も拍手しなかった。誰も泣かなかった。
ただ全員が——テルを見ていた。
その夜、ソウはテツジンからメッセージを受け取った。
「世界安定性:9.1%→10.3%に変化しました。お伝えしておきます」
テルが封印した。
世界が、一ポイント以上回復した。




