34話 クリスマス・イブの決戦
「今夜は、一段と冷えるね」
都心の一角に建つビルの屋上で、譲は言った。
「雪でも降るのかな。そうしたら、ホワイトクリスマスだね」
傍らに立つ莉沙が、そう言って微笑んだ。
譲は白い髪に赤い目、莉沙は長い銀髪に紫色の目と、妖の本性を露わにした姿だ。
「今のところ、雪雲などは出ていないようですが」
白虎の姿をとった綿雪が、星の瞬く夜空を見上げて言った。
この一帯には、羅喉が率いる「綺羅星の民」の来襲に備え、妖や「闇狩り」の戦士たちが、それぞれの能力や認識阻害の術を使って身を隠している。
眼下に広がる夜景は、クリスマスイブということもあってか、一段と華やかさを増しているようだ。
――この灯りの中には、太刀川さんや土門さん、その他にも人間の世界でできた友人たちがいる……。
譲が明滅するイルミネーションを見下ろしていると、莉沙が再び口を開いた。
「年明けに、友達と映画を見に行くことになってるの。だから、負けられないね。みんなを守らなきゃ」
「そうだね。小さかった莉沙を育てるために、君の同級生のお母さんたちにも、ずいぶんと助けられたっけ。僕が知らなかったことを、色々教えてもらったりさ」
「ユズ兄も、大変だったよね」
昔を思い出したのか、莉沙が少し頬を赤らめた。
「でも、楽しかったよ。そして、これからも、皆と楽しく暮らすんだ」
「うん!」
譲の言葉に力強く頷いた莉沙は、両手を広げて天を見上げた。
「簒奪者羅喉よ、聞こえるであろう! 『綺羅星の王』星河の娘、明星は健在である!」
その声と共に彼女の身体は淡い光を帯び、そこから譲でさえ鳥肌が立つほどの力の奔流が湧き起こった。
まさに、強大な力を持つ妖の存在を示すものだ。
辺りに再び静寂が舞い降りたと思われたのも束の間、巨大な大気の揺らぎが生じた。
空間すら歪めそうな大気の揺らぎの中心に、譲は光さえ通さぬ漆黒の「穴」が広がるのを見て取った。
「穴」は瞬く間に広がり、そこから一見人間に似た輪郭を持つ者たちが現れた。
和服に似た装束に身を包んだ、若い美男美女――だが、彼らがまとうのは、強い妖の気配だ。
「来た……! 間違いない、彼らは『綺羅星の民』よ」
莉沙が、緊張した面持ちで譲に囁いた。
「綺羅星の民」たちは、次々と林立するビルの上へと降り立った。この異常な光景に、地上の人間たちが気づいた様子はない。
「――久しいな、明星殿。さすが星河王の娘、なかなかしぶといことだ」
譲たちが立っているビルの向かい側から、よく通る低い声が響いた。
そこには、炎を思わせる橙色の髪と目をした、大柄な男の姿があった。
筋骨隆々の体格は、見るからに戦士という風情だ。
他の「綺羅星の民」たちと同様に美しく整ってはいるものの、よく見れば白目の部分が黒く濁った異様な容貌、更に周囲には、あの黒いモヤがまとわりついている。
この男が「羅喉」であると、譲は直感した。
一方で、莉沙の姿を見た「綺羅星の民」たちは、驚き浮足立っている。
「明星殿……羅喉に討たれたと聞いていたが」
「生きていらっしゃったとは」
戸惑いと畏れ、そして、そこに隠された安堵――彼らの騒めきから読み取れる感情に、譲は希望を見出した。
「よく来たな、羅喉、そして同胞たちよ」
まっすぐに羅喉を見つめ、莉沙が言った。
「そなたが人間の世界を荒らすことにより『負の感情』を蔓延させようと目論んでいることは聞き及んでいる。だが、本当に、それでよいのか。我々『綺羅星の民』は、自らを磨くことにより強さを得るのが旨……それなのに『マガツ』とやらに頼るなど、恥ずかしいとは思わぬか? そして同胞たちよ、力なき者を虐げたとて、強さは得られぬ。私と、こちらの世界の者たちが、そなたらの力になる。羅喉を恐れているだけならば、そ奴に従うことはないぞ」
莉沙の言葉を聞いた「綺羅星の民」たちは、互いに顔を見合わせ、囁き合っている。
「死にぞこないの言葉など塵芥ほども価値がないな。とはいえ、お前が生きていることで『綺羅星の民』の中にも揺らぐ者がいるのは事実。迷いの元は断ち切るのみだ」
羅喉は鼻で笑うと、従えてきた「綺羅星の民」たちを振り返った。
「貴様らは、人間の街を破壊しろ。この世界を絶望で満たすのだ」
「やめろ! 人間の世界に手を出してはならん!」
「彼らの生み出す文化には、素晴らしいものもあるのだ!」
声を上げたのは、譲たちの近くで待機していた蒼梧と木賊だった。
「貴様ら、姿を見なくなったと思えば寝返っていたとはな」
橙色に光る目で、羅喉が二人を睨んだ。
「我々は、明星殿たちと会って目が覚めたのだ」
「ここを『ぴざ』も『こーら』もない世界になどしたくないのだ!」
蒼梧たちの言葉を聞いた羅喉の頬が、ぴくぴくと震えている。格下と見なしていた相手に真っ向から逆らわれ、苛立っているのかもしれない。
ふと、譲は大気が震え歪むのを感じた。それは羅喉も同様だったらしく、彼の表情には僅かだが驚きが浮かんでいる。
気づけば、譲たちの連合軍と羅喉率いる「綺羅星の民」たちは、ビル街ではなく、遠近感が狂いそうな何もない空間に佇んでいた。
闇のようだが、光源は見当たらないのに周囲にあるものははっきりと視認できる――譲は、この空間と「可惜夜の里」に共通する空気を感じた。
「みんな、聞こえる?」
どこからともなく、北辰の声が響く。
「私と『可惜夜の民』の力で、人間たちの世界とは少しずれた空間を作り出した。ここでなら、いくら暴れても人間の世界に干渉することはない。また、我々が許可した者以外は出入りすることもできない。でも、この空間を永遠に保持するのは流石に無理だから、なんとか決着をつけてほしい――あとは、頼んだよ」
「ありがとうございます、北辰様、そして里の皆さん」
譲が呼びかけると、「可惜夜の民」が応えるごとく、天頂に星空のような無数の光が浮かんだ。
「『可惜夜の民』だと? 戦うこともできぬ引きこもりどものくせに、小賢しい真似を。よかろう、全て潰せば済む話だ」
羅喉が言うと共に、彼を覆っていた黒いモヤが膨れ上がった。
更に、羅喉を囲むように現れた数十、いや数百とも言える光の槍が、譲たちのもとへ殺到する。
「させるか!」
譲と莉沙が同時に展開した不可視の防御壁に阻まれ、光の槍は目的を達することなく散った。
「羅喉、きみの相手は僕だ」
莉沙を背後に庇いながら、譲は言った。
「ユズ兄、私も……!」
「莉沙は、自分の傷は治せないだろう? 後衛から援護してくれ」
「……分かった」
譲の言葉に、莉沙は渋々といった様子で彼の後ろへ回った。
「ほほう、貴様が『半妖』の男か。たしかに、俺は妖からも人間からも傷つけられぬ加護を受けているが、どちらでもない貴様のような者については未知数だ。だが、やられる前にやってしまえば済むこと」
言い終わるや否や、羅喉が目にも留まらぬ速さで譲に迫る。
黒いモヤをまとった羅喉の拳を、譲は防御壁を展開しつつ両腕で防いだ。
「はは……半妖のくせに、この俺の拳を受けるか。面白い、せいぜい楽しませてもらおう」
戦いを好むという「綺羅星の民」らしく、羅喉は喜色満面で拳の連打を繰り出してきた。
一見、単純極まりないが、相手への直接の接触により物理的なダメージと自身の妖力を同時に叩き込むことのできる、最も効果的な攻撃方法だ。
妖ですら、その動きを捉えられるか分からぬ拳を、譲は紙一重で回避し、また受け流していく。
そして、羅喉が動いたのを皮切りに、他の「綺羅星の民」たちも、譲たちの連合軍へ向かってきた。もともと一対一の戦いを旨とする彼らの動きには、人間の軍隊のような連携は見られないようだ。
「向かってくるなら、私が相手です」
綿雪が、「綺羅星の民」の一団の中に飛び込んだ。彼が白い翼を羽ばたかせると、轟音と共に雷が降り注ぎ、周囲にいた「綺羅星の民」たちが次々と弾き飛ばされていく。
倒れて動かなくなった「綺羅星の民」たちを見て、綿雪が首を捻った。
「死なない程度に手加減したはずですが?」
「もしかして、既に戦意を失っているのかも……」
莉沙が、「綺羅星の民」たちに呼びかけた。
「我々も、無駄に血を流したい訳ではない! 抵抗しない者は殺さぬ! 羅喉に従う気がなければ、戦いをやめるのだ!」
彼女の呼びかけに、「綺羅星の民」たちが動きを止めた。
「おのれ、何をしている! 粛清されたいのか!」
もはや戦意の欠片も見られない同胞たちを見やり、羅喉が苛立ちも露わに叫んだ。
「ボディが、お留守だよ」
戦えぬはずの「可惜夜の民」の力を、人間から受け継いだ闘争心により戦う力に変えられる、譲だけが持つ力――がら空きになった羅喉の鳩尾に、譲の光り輝く渾身の拳が叩き込まれた。




