33話 作戦会議
「『マガツ』と呼ばれているものについてだが」
「闇狩り」の当主にして絢斗と白露の兄、立夏が手を挙げた。
「弟たちに話を聞いてから調べてみたが、呼び名は異なるものの、同じものを指していると思われる記録があった。数十年から数百年と周期にバラつきはあるものの、普通の人間には見えない『黒いモヤ』についてのものだ」
「そうなのですか」
立夏の言葉に、譲は目を見開いた。
「そいつの目撃例が増えると、人心が乱れ戦も増えるとあった。あるいは、人々の心が荒むことにより『マガツ』が活性化するとも取れる」
「卵が先か鶏か、のような話だな」
ふむふむと頷きながら、絢斗が呟いた。
「ワシも、呼び方は異なるが似たものの話を聞いたことはある。野生動物に近い妖の群れが、そ奴の影響を受け、人だろうと妖だろうと構わず襲ったり……しばらく経つと落ち着くらしいが」
綿雪の手による料理に舌鼓を打ちながら、化け狸の幸助が頷いた。
「昔は自然に任せていたようだけど、『綺羅星の民』とやらを扇動して人の世界を荒らし、『負の感情』を増殖させようとは、長い時の中で知恵がついてきたということかしらね、その『マガツ』とやら」
妖狐の織江も、そう言って手にしたグラスをあおった。
「織江、話し合いの最中だ。まだ酒は早かろう」
「それくらい、心得てるわ。これは高級ぶどうジュース、おいしいわよ」
幸助と織江が小声で言い合うのを聞いて、譲は口元を綻ばせつつ感心した。
――さすがは長く生きている妖たちだ。まだ余裕があるようだな。
「しかし、『綺羅星の民』は好戦的で単体での戦闘能力も高いと聞いた。そんな連中が大挙して攻めてきたら、どうやって防衛するのだ」
「我らの中には、戦いが不得手なものも多い。だからこそ、人の世界に溶け込めるのかもしれんが」
集まった妖たちが、騒めき始めた。
「『可惜夜の民』は、そこの『北辰』様のような強い力を持っているのだろう? 何とかならんのか」
妖たちの視線が、北辰と月人に注がれる。
「非常に申し訳ないが、我々は、こと戦いに関してはからきしなんだ。それ以外の搦手なら協力できるんだけどね」
北辰が、心なしか申し訳なさそうに言った。
「このことを知らせて、人間たちの手を借りることはできんのか。彼らも武器くらい持っているだろう。あの、ほれ、『みさいる』とか」
妖の一体が、閃いたとでも言うように手を叩いた。
「そんなものを使ったら人間の世界もろともメチャクチャになりますよ。それに、人間の大半は妖を視認できません。周知しようにも、まず信じてもらえない可能性が高いでしょう」
譲が言うと、妖たちは残念そうな顔をした。
「そもそも、人間たちに俺たちの存在を知らせるのは避けたいぜ」
「間違いなく、この先ノンビリ暮らせなくなっちまうぞ」
そんなことを言いつつ、家鳴りたちはポテトチップスを齧っている。
「我々『闇狩り』のように、妖の存在を知覚し戦う能力を持つ人間たちには、可能な限り声をかけているが……」
立夏が難しい顔で頷いた。
「それなんですけど」
譲の隣に座っていた莉沙が、授業を受けている生徒のごとく手を挙げた。
「私が、羅喉以外の『綺羅星の民』の説得に当たりたいと思います」
「なんと……あんたは確か、『綺羅星の民』の前の王様の娘だと言ったな」
化け狸の幸助が、目を丸くして莉沙を見やった。
「それは、効果があると思う。『綺羅星の民』は一枚岩ではない。『マガツ』の加護を得た羅喉を恐れて従っているだけの者が多い」
身を縮めるようにして皆の話に耳を傾けていた蒼梧が、ぼそりと言った。
「そうだな。卑怯な手で先代の王、星河様を殺害した羅喉に内心では反発している者も多いはず」
隣に座っている木賊も、口を開いた。
「星河様の娘である明星殿が生存していることを知れば、羅喉から離れる者も出るだろう」
「『綺羅星の民』の『王』は世襲でないとはいえ、影響力は大きいからな」
二人は、そう言って頷き合った。
「莉沙、それだと、きみが矢面に立つことになるが……」
言いかけた譲に、莉沙が微笑みかけた。
「もちろん、ユズ兄が守ってくれるでしょ?」
「当然だ。なにがあっても、君だけは守る」
莉沙が自分に向ける信頼を感じた譲は、力強く頷いてから、再び口を開いた。
「『マガツ』が人や妖の『負の感情』を糧にしているとするなら、我々が戦う際も、怒りや憎しみを持っていては逆効果になるかもしれませんね」
「ふむ、『負の感情』を向けることで、『マガツ』が力を増してしまっては元も子もないな」
月人が答えると、一同の間に騒めきが生まれた。
「うっかり怒りや憎しみをぶつけたら、パワーアップしちまうとは厄介だな」
「やりにくいこと、この上ないぜ」
戦いを得意とする妖たちにとっても、「マガツ」は難敵と言えるらしい。
「『負の感情』とは反対のものをぶつけるというのは?」
「反対のもの?」
莉沙の言葉に、譲は首を傾げた。
「そうね……『愛』とか『優しさ』とか他の人を思いやる気持ち……みたいな感じかな」
「明らかに害意を持つ相手に、愛や優しさを持って戦うというのは、さすがに難しい気がするな」
そう言って、白露が眉根を寄せた。
「……そこは、人間たちにも手伝ってもらっては、どうでしょうか」
宿の女将にして化け狸のキヌが、口を挟んだ。
「私の、他者の夢を操作する力で、多くの人間に『心地よい夢』を見せるのです。一族の者たちの力を借りれば、かなりの数の人間に夢を見せることができると思います」
「心地よい夢とは……たとえば愛する人や大切な人と過ごす夢とかでしょうか?」
「はい、そこから生じた『他の者を思いやる気持ち』を集めて、『マガツ』にぶつけるのです。それが、どれほどの効果をもたらすかは分かりませんが……」
譲の問いに、キヌが答えた。
「うふふ、化け狸の割には面白いことを考えるわね。試す価値はあると思うわ」
妖狐の織江が、片方の口角を上げた。
「そういうことなら、一族の者にも手伝わせるわよ。我々も、前に出て戦うのは、あまり得意でもないしね」
「妖狐たちも相手を化かすのは得意だからな。他にも、精神に干渉する系統の能力を持った者たちの協力を募ろう」
化け狸の長である幸助も頷いた。
「すごいですね! ……思ったんだけど、いつ来るか分からない羅喉たちを待つのではなく、キヌさんたちが言っていた作戦の準備や、戦う態勢を整えた上で誘い出すほうがいいんじゃないかしら」
生き生きと発言する莉沙に驚きつつ、譲は問いかけた。
「誘い出すとして、どうするつもりだい?」
「こちらから私が……星河王の娘である明星が健在であると示すの。そうすれば、私を目障りだと思っている羅喉は、大喜びで潰しに来るでしょ?」
「なるほど、きみ自身が囮になるか。莉沙のガードは僕と綿雪が担当するとして、羅喉たちを、どこに誘い出すつもり? 人の多い場所は避けなければいけないと思うけど」
「そうよね……」
譲の問いかけに、莉沙は考え込んだ。
「ちょっと、いいかな」
北辰が、口を開いた。
「それなら、私たち『可惜夜の民』の力を結集すれば、なんとかなると思う。私の『空間を操る力』に、里の者たちの力を上乗せするんだ」
「なるほど、それなら直接戦う手段を持たぬ我々でも、協力できますね。さすがは北辰様」
月人が、感心した様子で頷いた。
「なんだか、不思議と勝てそうな気がしてきたぞ」
妖たちの話し合いを見つめていた絢斗が、小さく息をついて言った。
「そうだね。暴力をぶつけるばかりが戦いではないかもしれないね」
「私も、人間の世界で色々と学んだのよ」
譲と莉沙は、そう言って微笑み合った。




