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32話 あやかしたちの会合

 北辰の来訪から数日が経った。

 譲が家鳴(やな)りたちに言付けを頼んだ(あやかし)たちと連絡がとれたため、彼らは話し合いの場を持つことにした。


「これは、見事ですね」


 譲は、北辰に案内された空間を見回し、小さくため息をついた。

 広い芝生の上には大きな緋毛氈(ひもうせん)が敷かれ、野点傘の立てられている縁台も幾つか配置されている。

 その周囲を、満開の桜や色づいた紅葉(もみじ)といった、あらゆる木々が彼らの最も美しいと思われる姿で囲んでいた。

 時折小魚の跳ねる池や、そこに注ぐ小さな滝、時を刻むような鹿威しの音――幻想的な日本庭園という(おもむき)の場所だ。

 仮設の釜戸に載せられた茶釜で湯を沸かしている傍らでは、ハリネズミや家鳴(やな)りたちが、一足先に取り分けてもらった菓子や料理を無心に食べている。

 譲と北辰の他、この空間には莉沙や綿雪、付喪神の黒縁と撫子、「綺羅星の民」蒼梧と木賊、そして闇狩りの兄弟である白露と絢斗の姿もある。

 彼らが緋毛氈(ひもうせん)に腰を下ろすと、北辰はジャージから狩衣に似た装束へと姿を変えた。


「人間の作る庭園というのを真似てみたんだ。これくらいで、足りるかな」


 縁台に()()()()と腰を下ろした北辰が、得意そうな顔で言った。


「はい、十分だと思います」

 

 そう言った時、譲は空間内に微かな揺らぎを感じた。


「お邪魔しまーす」


 庭園に姿を現したのは、数人の若い男たちだった。いずれも明るい茶色や金色に染めた髪を、襟足の長いウルフカットやパーマのかかったマッシュなどの凝ったスタイルにセットしている。服装は派手なスーツや、ジャケットにデニムを合わせた者など様々だが、いわゆる、一目でホストと分かる格好である。

 

「ああ、譲さん、久しぶりっス」


 彼らのリーダー格らしい、ひときわ派手な髪型と紫の地にラメ入りのスーツという男が、譲に軽く会釈した。


「元気そうだね、紫郎(しろう)。商売は繁盛してるの?」

「ボチボチですよ」


 紫郎と呼ばれた男は、譲にウインクしながら言った。

 次々と緋毛氈(ひもうせん)に腰を下ろした男たちの一人が、傍にいた蒼梧と木賊に声をかけた。


「見ない顔だな。あんたたちも、譲さんに()()()()()()()クチかい?」

「え、ああ……そう……だな」

 

 突然の質問に、蒼梧が緊張した面持ちで答えた。


「俺たちは、ムジナの(あやかし)でさ。人間を騙してカモにしてたら譲さんに怒られて、今は真っ当な仕事をしてるんだ」

「そう、なのか……」


 男――ムジナの言葉に、蒼梧と木賊は戸惑ったように目を瞬かせている。


「ホストクラブが、真っ当な仕事と言えるんでしょうかね。女性を騙していることに変わりないのでは」


 少年の姿をしている綿雪が、肩を竦めた。


「いや、俺たちの店は愛と真心と明朗会計をモットーとした良心的な店ですよ、綿雪さん」


 紫郎が揉み手しながら言うと、仲間のムジナたちも口々に言った。


「そうそう、お客に無理な金の使わせ方はしないように気をつけてますよ」

「譲さんと綿雪さんにボコられるのは、二度と御免ですからね」


 そう言いつつ笑っているムジナたちを見て、絢斗が呟いた。


「ムジナたち、よほど恐ろしい目に遭ったんだな……」

「ああ、俺も二度と戦いたくないと思うよ」


 絢斗に同意するように、白露が苦笑いした。

 と、再び周囲の空気に揺らぎが生じた。

 次の瞬間、虚空から姿を現したのは、「湯宿・狸囃子(たぬきばやし)」の女将ことキヌだった。

 傍らには、還暦を過ぎたくらいと思われる、恰幅がいい和服姿の男が立っている。譲にとっても、初めて見る顔だ。


「キヌさん、お久しぶりですね。そちらの方は?」

「お久しぶりです。こちらは、私の祖母の弟にあたります。我々一族の長と言える方です」


 キヌに紹介された男も、譲を見て会釈した。


(わし)もキヌと同じく化け狸の(あやかし)だ。人間界で過ごす時は幸助(こうすけ)と名乗っている。よろしく頼む……ふむ、キヌの言うとおり、半妖とは思えぬ力を感じるな」

「幸助さん……ですね。よろしくお願いします。しかし、そこまでの大物が来てくれるとは」

「人間の世界が荒らされるのは、我々にとっても都合が悪いからな。できることがあれば協力しよう」

「それは、心強いです」


 化け狸一族の長だという幸助の力強い言葉に、譲は我知らず微笑んだ。


「あら、古狸も来ていたのね」


 艶のある女の声に譲が振り向くと、白い毛皮のコートをまとった妖艶な美女が佇んでいる。

 美女の後ろに控えている若い女が、以前訪ねた温泉地の妖狐だと譲には分かった。


「譲さん、お久しぶりです。我々にとっても一大事ということで、一族の重鎮である織江(おりえ)様にも来ていただきました」


 若い女の姿をした妖狐が、そう言ってお辞儀をした。


「狸の一族など、アテになるのかしらね」


 織江と呼ばれた妖狐が、化け狸の幸助を見て、片方の口角を上げた。


「ふん、口だけの狐どもよりは役に立つさ」


 幸助も、歯を見せて笑った。


「あの、ケンカは困ります……」


 仲裁に入ろうとした譲を、妖狐が制止した。


「あれは挨拶みたいなものです。お二人は、昔恋仲だったことがあって……色々あって別れたということですが、不仲という訳ではないのでご心配なく」

「そうなのか。人に、いや(あやかし)に歴史ありというやつか」


 譲と妖狐のやりとりを聞いていた莉沙が、()()()と笑った。


「種族が異なっていても、愛し合うことができるなんて、素敵ね」

「正面から、そんなふうに言われるのは、恥ずかしいからやめて」


 織江が、軽く唇を尖らせて言った。


「私は道楽でタレント事務所をやってるから、人の世界を荒らされるのは困るのよ。余裕がなければ、娯楽を楽しむこともできなくなるしね」


「これは……考えていた以上に、人間の社会に溶け込んでいる(あやかし)は多いのか」

「譲さんたちのように、平穏に暮らしているだけなら、俺たちと敵対することもない訳だからな」


 白露の言葉に、絢斗が少し誇らしげな顔で答えた。

 それからも、庭園には天狗や河童、猫又、そして付喪神らといった(あやかし)たちが続々と現れた。

 最初は広く見えた庭園に、いつしか(あやかし)たちがひしめいている様を見た譲は、過去に繋いだ縁を思い、胸が熱くなった。


「おお、もう集まっているようだな」

 

 いっそう大きな大気の揺らぎと共に現れたのは、譲の父、月人だった。

 彼の後ろにいる人物を見て、譲は首を捻った。

 大柄な身体にレザーのマントを羽織った、鋭い目が印象的な三十代後半と思われる男――「(あやかし)の気配」が感じられないところから見るに、彼は人間なのだろう。

 一方、男の姿を認めた絢斗と白露が、嬉しそうな顔を見せた。


大兄(おおにい)!」

立夏(りっか)兄さん、久しぶりです」

「元気そうだな、絢斗に白露」


 立夏と呼ばれた男も、柔らかく微笑んだ。よく見れば白露と似た顔立ちが、彼との血縁を感じさせる。


「あなたが、真白さんか」


 そう言って、立夏が譲を見た。


「私は天外(てんがい)立夏(りっか)。先日、引退した父に代わり『闇狩り』の当主となった者だ。弟たちが世話になっているようだな」

「いえ、僕のほうこそ助かっています」

「事情は聞いている。よもや、これほど多くの(あやかし)たちと協力することになるとは思わなかったが……ところで、話し合いの様子を里に中継して構わないだろうか」

「もちろんです。ただ、機械に反応しない(あやかし)もいると思いますから、ご了承ください」


 立夏の言葉に、譲は快く頷いた。


「揃ったみたいだね」


 騒めく(あやかし)たちを見回し、北辰が指を鳴らした。小気味よい音が響いたかと思うと、用意されていた料理や茶菓子、そして茶などの飲み物が、瞬く間に(あやかし)たちの前へ配膳される。

 その様を見た(あやかし)たちの口から、小さく感嘆の声が漏れた。


「皆さん、今日は忙しいところを集まっていただき、ありがとうございます」


 立ち上がった譲に、何が始まるのかとばかりに(あやかし)たちが注目した。


「大まかな事情は、家鳴(やな)りたちに託したメッセージでご存知かと思います。こちらの方は、僕の故郷である『可惜夜の里』の王、北辰様です」


 譲が視線を向けると、北辰も頷いて立ち上がった。


「私は『可惜夜の王』北辰だ。我々は、ほとんどの時を自分たちの棲み処に閉じこもって暮らしているため、ご存知ない方も多いと思う。しかし、人間の世界に侵攻を企てる(あやかし)がいるということで、それを防ぐべく皆に協力を願いたい。我々も、人間の文化が失われるのは忍びないのだ」


 一見子供にしか見えない北辰の姿に、(あやかし)たちは、たまゆら戸惑った様子を見せた。しかし、彼の力の大きさを感じたのか、それが感嘆と畏怖に変わっていくのを、譲は見て取った。

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