連合軍 ③
― 帝国海軍 旗艦ヴィクトリア ―
「戦局が動いたな」
ダルシウスが満足気に頷く。海図上の模型の配置には明らかな変化が生じていた。密集していた敵軍から二隻が離れ、別動隊として突入させた三隻に接近を許している。
「敵軍の一隻は、……メインマストが折れていました」
クレアがぽつりと呟く。何度も偵察を繰り返したため、その表情にはあまり力がない。
「航行不能になるのも時間の問題だな。……クレア。お前は三十分の休息を取れ。その後の陣形の確認は三十分に一度で構わん」
「……分かりました」
クレアが頷き、司令室の隅に向かって《《とぼとぼ》》と歩く。そのまま椅子に座って目を閉じた。口に出すことこそないが、かなりの疲労が溜まっていたようだ。
「フィオナ、雷花に指示を出せ。この機は逃さん。敵艦隊を分断させ、大打撃を与える」
「かしこまりました」
フィオナが招集をかけ、フェリシアとクレアを除く雷花の四名に伝達を始めた。
― 連合軍 旗艦アストゥリアス ―
(……アンヘラが戻らない。しかも、戦闘が始まってしまっている)
バルタザールの予感は現実のものとなっていた。遠くから聞こえる大砲の音は、何としても避けようとした事態が発生したことを意味する。
(本隊から離れた艦に援護を回すか……。いや、今からで間に合うか……)
葛藤するバルタザールの後ろに一人の魔女が現れた。
「参謀長、私に指示を。アンヘラは負傷しているかもしれません。私が様子を確認します」
振り向くと、火の国のもう一人の魔女カルメンが差し迫った表情で立っていた。
豊かな茶髪を頭の後ろで結った壮年の魔女は、弓を強く握りバルタザールの判断を待っている。獣化によって遥か遠くまで見通す視力をもつカルメンは、伝令だけでなく弓の技量を活かした戦闘も得意としていた。
普段は奔放な性格だが、親しいアンヘラの危機を察して茶色の瞳に焦りを浮かべている。
「……」
バルタザールは悩む。カルメンを出撃させたいが、鴉の魔女が付近にいる場合、返り討ちに遭う可能性がある。それでも、みすみすアンヘラを失うことも大きな痛手だ。
「……分かった。目的はアンヘラの救出と、独断で動いた艦の状況把握だ。鴉の魔女に遭遇した場合は交戦するな。君が怪我を負うくらいなら、アンヘラを置いて戻って来い」
「……かしこまりました」
最後の一言に承服しかねる表情を浮かべながらも、カルメンは敬礼する。
カルメンが甲板から飛び立った後、バルタザールは戦況を伝えるためにサラーシアの元へ向かった。
フィオナの指示により、雷花の四名は各所に散って命令を伝達していた。
帝国軍の基本戦術は各個撃破。フェリシアが率いる別動隊によって、敵軍の二隻は間もなく航行不能となる。そうなれば、戦力は帝国四十隻に対して敵は三十三隻。
この戦力差と高い機動力を活かして、帝国軍は二列縦隊で敵に突入し分断する方法を採った。
雷花の一員、ローレンは本隊の先頭に位置するドレッドノートの甲板に降り立つ。艦長に対して司令室からの命令を簡潔に伝えた。
「承知しました、婆さん」
対して歳の違わない艦長の言葉に、ローレンはやれやれといった表情を浮かべる。
「はいはい。敵への突入時にはこの艦が先鋒になる。被害は最小限に食い止めるんだよ」
「了解です!」
いつしかローレンと艦長の周りには多くの船員たちが集まっていた。幾多の戦場を生き延びてきたローレンは、その存在自体が生ける伝説と化している。
その強運にあやかるため、皆が彼女の姿を一目見ようとしていた。
「お前たち! 揃いも揃って何をしてるんだい! 早く持ち場に戻りな!」
「はい、婆さん!」
ローレンに一喝されても、船員たちは笑顔でそれぞれの仕事を再開する。自分の歳の半分も生きていない彼らの様子を見ながら、厳格な表情の裏でローレンは老婆心の表出を押し留めていた。
(全く、あたしも歳を取ったねえ。どこを見渡しても若い奴しかいないじゃないか……)
雷花で最も軍人然とした魔女ジャスティーンは、フェリシアが率いていた別動隊、その先頭に位置するテメレーアの甲板にいた。
現在テメレーアは、敵艦モナルカと交戦中である。大砲の音が轟く中、声を張って艦長に連絡をしていた。
「このまま攻撃を継続でいいんですね!?」
「そうだ! 我が軍の三隻で火力を集中させ、一隻ずつ戦闘不能にするんだ!」
「分かりました! 二隻を……」
艦長の言葉が大砲の音と重なって遮られる。
「何か言ったか!?」
「二隻を無力化した後はどうすれば?」
「今は増援を向かわせている。本艦はそのまま直進して敵軍へ突入するんだ!」
「了解です!」
ジャスティーンが息を整えながら敵艦に視線を向ける。三隻の集中砲火を浴びたモナルカの装甲は大破し、撃沈するのも時間の問題だった。
「私は増援部隊に連絡をする!」
「お気をつけて!」
帝国軍の模範として尊敬を集めるジャスティーンに対し、艦長を含め船員の皆が敬礼して見送る。
(次はサンダラーだな)
ジャスティーンがテメレーアの上空へと飛翔して次の艦に向かおうとしたその時、真後ろから風切り音が聞こえた。
(何!?)
勘で頭を下げると、その真上を矢が飛んで行った。
「どこから!?」
驚いて後ろを振り向くと、モナルカの上空に一人の魔女を見付けた。そして次の瞬間、ジャスティーンの右肩に矢が突き刺さった。
「うっ!」
激痛に顔を顰めながらも、次の矢に備えて体勢を整える。ジャスティーンの位置からでは雷の魔法が届かない。それ程離れた場所から狙い撃つ敵の技量は驚異的だった。
(ここは逃げるしかない……)
急いで身を翻し距離を取ろうとするが、今後は左の翼に矢が突き刺さった。
「あっ!」
鋭い痛みに思わず呻き声を漏らす。思い通りに翼を動かせず、ジャスティーンは付近の軍艦サンダラーの甲板へと落ちて行った。




