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連合軍 ④

― 帝国海軍 旗艦ヴィクトリア ―


「流石は我が軍の切り札だ」


 旗艦に戻ったフェリシアを、ダルシウスが笑顔で迎える。フェリシアは首を横に振って、手短に報告した。


「別動隊の突入には成功しましたが、敵の魔女を後一歩の所で仕留め損ねました。それでも雷撃は命中させたので、暫くは動けないと思います」


「まあ、そう欲張るな。魔女狩りの真価が必要とされるのはこれからだ」


「はい」


 ダルシウスが海図に視線を戻し、オーウェンと次の作戦を考え始める。フェリシアの傍にフィオナが駆け寄り、手拭いを差し出した。


「お疲れ様です。フェリシア隊長」


「ありがとう、フィオナ」


 フェリシアは手拭いで首筋の汗を拭う。強い日差しの中を飛行していたため、手拭いの冷たさが心地よかった。


「参謀としての役目は果たせているか?」


 手拭いを返しながら問うと、フィオナが自信なさ気に答えた。


「まだまだです。戦況を整理するのがやっとで、次の一手はオーウェンさんに考えて頂いています……」


 元気のないフィオナの肩を、フェリシアが軽く叩く。


「そう落ち込むな。艦隊と雷花の動向を全て把握しているのはフィオナだけだ。司令官もオーウェンも、フィオナ無しでは作戦を立てられない」


 フェリシアを見つめるフィオナの瞳に光が灯る。


「隊長……」


「フィオナ、こっちに来てくれ!」


「はい! 今行きます」


 ダルシウスに呼ばれてフィオナが振り返る。フェリシアに向き直った表情にはいつもの明るさが戻っていた。


「ありがとうございます、隊長」


「ああ、行って来い」


 フィオナが指揮卓に駆け寄り、ダルシウスの指示の下、各艦の状態を淀みなく伝えていく。



 フェリシアは司令室の隅に向かい、椅子に座って眠りに就いているクレアの前に立つ。その横にはマリーが座り、時折船を漕ぐクレアの頭を支えていた。


 最年少のクレアは雷花にとって妹のような存在である。雷花に入って一年足らずのマリーであっても、自然と世話を焼くようになっていた。


「お疲れ様です、隊長。先陣でのご活躍、お見事です」


 橙色のスカーフを襟元に付けたマリーが、尊敬の眼差しをフェリシアに向ける。


「ああ、道を切り開くのが私の役目だからな」


 フェリシアは表情を和ませる。姉妹のように寄り添う二人の姿は戦場に咲く可憐な花を思わせ、フェリシアの殺伐とした心を癒した。


「隊長は凄いです。私は皆さんと比べて飛ぶのが遅いですので、連絡できる艦の数が限られてしまっています……」


 クレアの頭を撫でながら、マリーが俯く。勇気を意味する花(マリーゴールド)が、過酷な土壌にあって今にも萎れようとしていた。


「マリー。君は今回が初陣なんだ。他の魔女と比較する必要はない。自分ができる精一杯のことをやるんだ」


「私にできること……」


「マリーは知らないのか? 帝国軍の一部は、君のことを『天の使い』と呼んでいるようだぞ?」


 きょとんとするマリーに対し、フェリシアが優しい笑みを浮かべる。純白の翼を持つマリーの姿を見た者には神の加護が与えられると、帝国軍の中には信仰にも似た思いを抱く者が多く存在していた。


「何も後ろめたく思う必要はない。君が懸命に戦場を飛び交う姿に、味方は勇気づけられているんだ」


 フェリシアの言葉によって、マリーの表情に生気が蘇る。


「そうですね。今の私に、沢山の戦場を翔けてこられた皆さんと同じ働きはできません。まずは今できることを頑張ります!」


「ああ、その意気だ」


 マリーを励ましたフェリシアが指揮卓へ戻ろうとした時、司令室の扉が勢い良く開け放たれた。何事かと視線を向けると、血相を変えたサルビアが駆け込んで来た。


「隊長! ジャスティーンが負傷した!」


「何? 彼女は今どこに?」


 フェリシアは反射的にグラムの柄を固く握り締めていた。傍にいたマリーが立ち上がり、マリーに寄り添って眠りこけていたクレアが目を覚ます。


「サンダラーよ。今は看護兵が治療してる」


 フェリシアはサルビアに詰め寄った。蒼色の瞳に怒りを宿したフェリシアを前に、サルビアが思わずたじろぐ。


「敵の魔女の仕業だな? 今はどこにいる?」


 フェリシアを除いて、雷花は敵の攻撃範囲の外側を飛行するよう命令を受けている。それにも関わらずジャスティーンが負傷した理由は、自ずと断定できた。


「ええ、その通りよ。敵は、隊長がメインマストを破壊した船に向かっていたわ。もう一人の魔女を助けに向かったのかも」


 フェリシアは振り返り、ダルシウスを真っ直ぐに見つめる。


「司令官」


「ああ、フェリシアはその魔女を狩れ。生かしておけば、雷花に危険が及ぶ。サルビアはまずジャスティーンの状態を報告しろ。重傷でなければ、ヴィクトリアに帰還させる」


「かしこまりました」


 二人がダルシウスへ敬礼した後、サルビアが短く口を開いた。


「気を付けて。敵の魔女は弓矢の使い手よ。ジャスティーンに二回も矢を命中させてた」


「分かった」


 頷いたフェリシアはすぐに駆け出し、司令室の外へ出た直後、空へと飛翔した。





―連合軍 軍艦モナルカ付近 ―


 フェリシアは直ぐに標的を見付けた。フェリシアの一撃によって航行不能となったモナルカは、帝国軍の集中砲火を浴びて海へ沈み始めている。フェリシアが探していた魔女は、その隣に位置する連合軍の軍艦レアンドロにいた。


(好都合だ。二人まとめて仕留める)


 次なる帝国軍の標的となったレアンドロも装甲に大きな損傷を受けている。その甲板上で、弓矢を提げたカルメンがアンヘラを助け起こそうとしていた。


 フェリシアの接近に気付いたアンヘラが顔を上げ、何かをカルメンに伝えると、カルメンが素早く矢を番えて放って来た。


(遅い)


 矢の軌道を見切ったフェリシアはグラムを構えて弾き落とした。カルメンが二の矢を放つ前に、グラムに纏わせた雷を甲板へ解き放つ。カルメンがアンヘラを押し倒し、間一髪で蒼き雷から逃れる。


 唸りを上げるグラムから放たれた雷は大砲の音よりも戦場に轟いた。


 黒く焦げた跡を前に、カルメンが素早く立ち上がって翼を広げる。何かを叫びながらアンヘラが追い縋るものの、それを振り切ってカルメンが上空へと飛翔した。


(まずは貴様からだ)


 獣化したフェリシアの目には、遠く離れたカルメンの表情が鮮明に見えていた。カルメンは激しく息を吐き、額には幾筋もの汗が流れている。覚悟を決めた茶色の瞳には、圧倒的な強者を前にした恐れが浮かんでいた。


 カルメンが矢を番えようとした瞬間に、フェリシアはその手から雷を放つ。カルメンが盾を前に構えた隙に、フェリシアは高度を上げた。獣化したフェリシアの身体は通常の倍の速さで空を翔ける。カルメンが雷を盾で受けたその時には、フェリシアの姿を見失っていた。


 カルメンを見下ろす位置から、フェリシアはグラムを構えて急降下する。その姿に気付いたカルメンが顔を上げるが、太陽を背にしたフェリシアを前に、その攻撃を見切れなかった。


(終わりだ)


 雷を帯びたグラムが、カルメンの左肩から胸の辺りまでを切り裂き、血飛沫が舞う。カルメンの手から炎が放たれたが、急降下を続けたフェリシアにはかすりもしない。


「カルメン!」


 レアンドロの甲板からアンヘラが叫び声を上げた。重い火傷を負った身体を引き摺るようにして立ち上ったアンヘラの表情には絶望が浮かんでいる。


 フェリシアは止めを刺すべく、カルメンに向かって雷を放とうとする。その瞬間、カルメンの放った炎の内から矢が飛び出した。思わぬ攻撃に、フェリシアは反射的に身を捻ったが右腕を矢が掠めた。炎を纏った矢は皮膚を切り裂き、傷口を焼いた。


「くっ!」


 痛みに顔を顰めるが、フェリシアの優位は揺らがない。その手から放たれた雷が、カルメンに直撃した。全身を焦がす激痛に断末魔の叫びをあげたカルメンは、成す術も無く落下し海面に飛沫を上げた。


「駄目!」


 アンヘラがレアンドロの胸壁に駆け寄り、海面に目を向ける。その様子を見ていたレアンドロの船員たちも、海中に沈みゆくカルメンをただ目で追うことしかできなかった。


「死神だ……」


 恐怖に慄いた一人の船員がぽつりと呟く。士気を下げる発言であるが、周囲に彼を咎める者はいなかった。漆黒の翼を持ち、魔女の命を刈り取る不吉な鴉。連合軍の船員たちは皆、敵の魔女を形容する言葉が他に見当たらなかった。


「……」


 フェリシアは上空に留まり、魔女が落下した箇所に目を向ける。一年ぶりに敵の魔女を狩り、感覚を取り戻したと思っていたが、後味の悪さを感じていた。先程、海中へと落下して行った魔女の表情が目に焼き付いていたのだ。


(何故だ。あの表情が頭に浮かんで消えない……)


 こんなことは今まで一度も無かった。ミスガイスの地では、何人敵を殺めようが、彼らの表情や声は、自らが放った雷と同様その刹那に消え去るものだった。


 それが今や、苦悶の表情は閃光の如く残像となり、断末魔は雷鳴の如く耳の中でこだましていた。


『迷いを無くせ、フェリシア。お前らしくも無い。その迷いが、我が軍を危機に陥れる』


 フェリシアの心の機微を一瞬で見透かしたシャルナの言葉を思い出す。


 フェリシアの迷いの原因は、復讐に生きる中で凍てつかせていた心が解きほぐされていたからだった。それは、フィオナを始めとしたフェリシアの理解者が、戦争の道具へと成り果てぬよう、様々に働きかけてきた結果である。


 しかし、それが今この瞬間において、フェリシアの存在意義を揺るがしていた。


(……もう忘れろ。まだ魔女が一人残っている)


 フェリシアは軽く頭を振り、次なる標的へとその視線を向けた。

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