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連合軍 ②

― 帝国海軍 旗艦ヴィクトリア ―


「……何とも動かないな」


 指揮卓上でクレアが模型の配置を変えること十数回。ダルシウスは微かな苛立ちを含んだ様子で呟いた。


 敵軍の模型は先程から殆ど動きがない。艦隊の向きは変わるが同じ場所から移動しないのだ。


「敵は攻撃を仕掛ける気がないのでしょうか……」


 徐に問いを発したフィオナに、オーウェンが答える。


「そうですね。両軍の戦力はほぼ同数。我が軍は敵を分断し各個撃破に誘おうとしていますが、敵が一切隙を見せないですね。明らかに時間切れを狙っています」


「本来であれば艦隊の後尾を狙って分断できるのですが……」


「はい。敵の軍艦は向きがばらばらで、凡そ陣形を成していない。ですが、自ら攻撃を仕掛けないのであれば、密集することによって相手は迂闊に手が出せなくなります」


 フィオナが顎に手を当てて、意を決したように口を開く。


「……このままでは我が軍の士気に関わります。本隊を二つに分けて挟撃すべきでは?」


「私もそう思います。ですが、こちらが各個撃破されては意味が無い。別動隊とする隻数と挟撃する時機を慎重に考えなければ……」


 二人の問答を聞きながら、黙って指揮卓を眺めていたダルシウスが顔を上げた。


「……仕方ない。想定より早いが、切り札を使う。フェリシア!」


 司令官の呼びかけで、フェリシアは弾かれたように指揮卓へ駆け寄る。いい加減、待つことに痺れを切らしそうだった。


「はい!」


「お前には別動隊を率いてもらう。三隻を本隊とは別方向から突入させるんだ。この閉塞した状況を打開してくれ」


「かしこまりました」


 ダルシウスが海図の上に置かれた模型を指差す。


「クレア。この三隻の名前をフェリシアに教えろ」


「北側からテメレーアとサンダラー。……もう一つはコロッサスです」


「よし。行って来い。お前が出れば、我が軍の士気も上がる」


「はい!」


 フェリシアは敬礼する。


「隊長。お気を付けて」


 フィオナに頷き返し、フェリシアは司令室の外に出る。強い日差しが当たる甲板上で、フェリシアは大きく息を吸った後、その背に漆黒の翼を出現させ、勢いよく上空へと飛び立った。


「鴉の魔女だ!」


 船員の一人が声を上げる。その声を聞いた皆が顔を上げ、漆黒の翼を広げた魔女に向かって歓声を上げた。



 両軍が戦端を開いてから約三時間後、帝国軍は切り札たる『鴉の魔女』を戦場に解き放つ。





― 連合軍 旗艦アストゥリアス ―


「……動きがおかしい」


 旗艦の船首楼甲板で望遠鏡を覗いていたバルタザールが呟く。


「アンヘラ。来てくれ」


「はい」


 若き魔女アンヘラが参謀長の元へ駆け寄った。肩の辺りまで伸ばした茶の巻き毛が潮風に揺れる。


「東に位置する二隻が本隊から離れている。様子を見て来てくれ。私の指示に従わない場合は、力ずくで言うことを聞かせるんだ」


「かしこまりました」


 茶色の瞳に真剣な光を湛え、アンヘラが頷く。忠実なアンヘラは、今回初めて指揮を執るバルタザールにとって信頼できる副官だった。


 獅子の紋章をあしらった盾を手に、茶色の翼を出現させたアンヘラが甲板から飛び立つ。その背を見ながら、バルタザールはある懸念を抱いていた。


 バルタザールが立てた作戦は、連合軍の艦隊を一か所に密集させ、帝国軍に付け入る隙を一切与えないこと。不用意に攻撃を仕掛け、機動力で勝る帝国軍に艦隊を分断されることがないよう、密集することを命令し続けた。


 バルタザールは、不安要素となる幾人かの艦長を思い浮かべる。彼らは攻撃を命じない参謀長の作戦を消極的と断じる可能性があった。


 代々海軍士官を輩出する家系の生まれである艦長たちは、先の大戦以来、長らく不遇な扱いを受けてきた。この戦争で華々しい戦果を挙げようと意気込む彼らが敵艦を一隻も沈めずに帰還した場合、例え連合軍は勝利したとしても、栄誉を授かることはないのだ。


(頼むから勝手な真似はしないでくれ……)


 心の内に暗雲を漂わせながら、バルタザールは祈るように呟いた。





「艦長はどこにいますか?」


 アンヘラが降り立ったのは火の国の軍艦『モナルカ』。モナルカは既に本隊から離れ、帝国軍との距離を縮めている。明らかな独断専行だった。


 アンヘラの呼びかけにより、甲板上に老年の艦長が現れる。長く海軍に属している将校だが、贅肉で弛んだ体つきから、規律を重んじる軍人には見えなかった。


「何故本隊から離れるのですか? 参謀長の指示は密集することです」


 年齢で言えば自分の孫に相当する若き魔女に指摘され、艦長がむきになる。


「参謀長は臆病者だ! 敵にここまでの侵攻を許して、何故反撃しない?」


「参謀長にはお考えがおありです。それに、連合軍の指揮権は女王陛下から授かっておられます。貴方は女王陛下のご意思に背くと言うのですか?」


 毅然として詰め寄るアンヘラに、艦長が怯む。年下のバルタザールに権威を感じなくとも、エフレイン王国女王の威光は私利私欲で曇った目を覚ます効果があるようだ。


「……そ、それは」


「大人しく指示に従いなさい。貴方は連合軍を危険に晒しています」


 顔を赤くした艦長が口を開きかけた時、敵艦から大砲の音が轟いた。


「敵艦接近! こちらも迎撃します!」


 士官の号令の下、船員たちが砲撃の準備に取り掛かる。その様子を見たアンヘラが再度艦長に詰め寄る。 


「今ならまだ間に合います。早く本隊と合流しなさい!」


「あ、ああ」


 尚も合流を渋る艦長を力ずくで説得しようとしたその時、アンヘラは上空から急接近する黒い影に気付いた。


(あれは……!)


 黒い影が、漆黒の翼を持つ魔女だと分かった直後、魔女の手から蒼い閃光が放たれ、メインマストを貫いた。


「あっ!」


 あまりの轟音に、アンヘラは手で両耳を抑える。見上げるとメインマストが途中から折れ曲がり、火の手が上がっている。


「敵の魔女です! 上を狙ってください!」


 メインマストの火を消しながら、アンヘラは船員たちに呼びかける。魔女の存在に気付いた彼らは、火の魔法や矢を放ち始めた。


「何だ? 何が起きた?」


 状況を呑み込めていない艦長を、アンヘラは睨みつける。


「私は急ぎ参謀長に報告します! 何とか持ちこたえて!」


 何かを喚き立てる艦長を無視して、アンヘラは甲板から飛び立とうとする。その瞬間、上空から雷が迫った。


「うっ!」


 間一髪で直撃を避けたが、空中で姿勢を崩してしまう。翼を広げて体勢を整えたその時、上空から迫る風切り音を耳にした。


(……!)


 空中で身を翻し、迫り来る白刃をぎりぎりで躱す。敵の姿に視線を向けると、漆黒の軍服に身を包んだ魔女と目が合った。明確な殺意を宿した蒼色の瞳を目にし、アンヘラの身に戦慄が走る。


(まさか、魔女狩りの魔女……?)


 アンヘラの脳裏に、参謀長の警告が浮かぶ。『魔女狩りの魔女とは絶対に交戦するな。その姿を見付け次第、速やかにその場を去れ』


 アンヘラは撹乱のために周囲に炎を放つ。炎は確実にアンヘラの姿を隠したが、炎を貫いた雷撃がアンヘラに到達した。


(くっ!)


 後方に向けていた盾で辛うじて雷撃を防ぐ。鉄と木の板を接合した盾は、雷を防ぐ術を持たないエフレイン王国軍が特別に製作したものだった。


(速すぎる……)


 またしても風切り音を耳にしたアンヘラは盾を構えて振り返る。直後、急接近した魔女の斬撃が盾に激突する。圧倒的な膂力に対し、アンヘラは盾を僅かに傾けて衝撃を逃がす。そして火の魔法で反撃しようとしたその時、右腕を何かに掴まれた。


(え……?)


 アンヘラが視線を向けると、魔女の足先に生えた鉤爪によって腕を掴まれていた。そのまま身を捻った魔女に腕を引っ張られ、空中で一回転した後に真下へ投げ飛ばされた。


「ぐっ!」


 アンヘラは甲板へと仰向けに叩き付けられる。受け身を取れず、強く頭を打っていた。霞む視界の中で蒼い閃光を捉える。


(や、やめて……)


 盾を持ち上げようとしたが、腕に力が入らなかった。成す術もなく、蒼い雷がアンヘラに直撃する。自らが発したとは思えない絶叫が途切れた直後、アンヘラの意識も消失した。


「アンヘラ様! まずい、急いで看護兵を!」


「はい!」


 アンヘラが落下した軍艦は連合軍の一隻レアンドロだった。船員たちが駆け寄り、アンヘラに応急処置を施す。



 その様子を上空から眺めていたフェリシアは、身を翻して次の標的を探しに向かった。

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