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電気船「渡雷号」 ③

 渡雷号が出航してから約半刻、中甲板ではアイシャを歓迎する宴の準備を完了させていた。中央に並べた長机と長椅子に船員たちが掛け、数々の料理とラム酒が振る舞われる。


 彼女たちは一様に喜びに満ちた表情をしていた。過酷な船旅にあって、宴ができれば理由は何でも良かったに違いない。


「当番に当たってない者は全員集まったね?」


「はい船長!」


 ジョッキを持ったグレースが皆を見回す。アイシャとルーファスも含め、船員たちもそれぞれにジョッキを手にしていた。


「堅苦しい説明は無しだ。とにかく、火の魔女の部下であるアイシャを丁重に歓迎するんだ。男の方は適当にあしらって構わない。それじゃあ、乾杯!」


「乾杯!」


 船員たちが手に持ったジョッキを一気に呷った。好き放題に言われているルーファスも開き直ってそれに倣う。隣に座る彼の様子を見てアイシャは目を丸くした。


「お嬢ちゃんも飲まないのか? それとも酒が苦手なのか?」


 ルーファスがにやりと笑う。アイシャも負けじと手に持ったジョッキを呷る。


「おい、無理しなくていいんだそ。」


 驚くルーファスを余所に、アイシャはラム酒を飲み干した。大きな音を立ててジョッキをテーブルに置く。


「いい加減、『お嬢ちゃん』って呼ぶのやめて。」


 ルーファスを睨みつけるアイシャを、周りの船員たちが口々に褒めた。


「あんた、中々いけるじゃないのさ。」


「もっと飲みなよ。ルーファスとどっちが飲めるんだろうね。」


 興が乗った船員が、アイシャのジョッキになみなみとラム酒を注いだ。


「ふん。」


 アイシャが更にラム酒を飲もうとした時、急に鼻がむずかゆくなって、小さなくしゃみをした。


「くしゅん。」


 酒気を含んだ息が突然燃え上がり、目の前のテーブルに燃え移る。


「熱ぃ!」


 火の煽りを受けたルーファスが飛び上がった。周囲の船員たちも突如現れた火の手に目を向ける。驚いたアイシャは、急いで右手を動かし火を消し去った。


「火傷するだろ!」


「ご、ごめん。」


 怒鳴るルーファスに、アイシャは潔く非を認めた。


「あっはっは! 面白い。あんた、『火吹き上戸』なんだね。それにルーファスの慌てた顔ときたら。」


 テーブルの反対側で一部始終を見ていたグレースが腹を抱えて笑う。


「火の魔法は便利だね。また火事が発生したら、消火はあんたに頼むよ。」


「え、ええ。」


 アイシャは気恥ずかしさを覚えながら頷いた。





 宴が盛り上がる最中、話題はルーファスの任務に移っていた。アイシャを戦場に送り届けた後、そのままイズナディアに帰還すると聞いた船員たちは全員が眉間に皺を寄せた。


「何だと!? 女を戦場に置き去りにして退散する男がどこにいるんだよ!」


「腰抜けルーファス!」


 船員たちの非難を一身に浴びて、流石のルーファスも動揺する。


「馬鹿を言うな。敵国の人間同士が揃って軍艦に出向いたらどうなる? 密偵の疑いをかけられて良くても拘束、悪ければ殺されるだろうが。少しは考えろ!」


「何だい。暫く見ない間に口ばかりでかくなって。肝っ玉は小さくなっちまったのかい?」


「……もういい。好きに言え。」


 多勢に無勢。不貞腐れたルーファスを見かねて、アイシャが席を立つ。


「みんな聞いて! ルーファスは確かにむかつく人だけど、頼りになる所もあるわ。私が警察隊に捕まりそうになった時、彼が介入して助けてくれたのよ。」


「ロンディウム警察隊と? ルーファスにそんな度胸があったとはね。」


 顔を見合わせる船員たちを余所に、グレースがアイシャに忠告する。


「アイシャ。そうやってルーファスを付け上がらせるもんじゃない。隙を見せると寝込みを襲われるよ?」


「えっと、それは……。」


 思わぬ側面からの指摘にアイシャは赤面する。船員たちが意地悪な笑みを浮かべた。


「何とまあ初心な娘だね。」


「ルーファスに狙われないように、あたしらで守ってやらないとねえ。」


 顔から火が出そうになりながらアイシャは席に座る。隣のルーファスがこちらに向ける視線に気づいていたが、今は目を合わせられなかった。


 その時、中甲板の下から足を引きずるような歩き方をする壮年の船員が現れた。


「何だい何だい? 場の盛り上がりがいまひとつだね。宴には音楽が必要だろう?」


「セシリア、丁度良いところに来た。一曲頼むよ。」


 グレースに名を呼ばれた女性がギターと丸椅子を手に皆の前へと進み出る。彼女の右足は膝から下が義足だった。


「今日は客人がいるんだろ? 誰か踊っておくれよ。」


「それならあたしたちの出番だね!」


 顔を真っ赤にした二人の船員が危うい足取りでセシリアの近くへ向かう。セシリアがにやりと笑いながらギターを弾き始めた。


 陽気な旋律に合わせて、二人の船員は千鳥足になりながらカントリーダンスを始めた。


「いいぞ! もっとやれ!」


 良い出し物だと口々に言いながら、周囲の船員が二人を煽る。始めは驚いた表情で見つめていたアイシャも、最高潮に達した踊り手の回転が速すぎるあまり壁に激突した瞬間には声を出して笑い始めた。


「あははっ! ねえルーファス、今の見た?」


 目尻の涙を拭いながら振り向くアイシャの表情を、隣でラム酒を呷っていたルーファスが笑みを浮かべて見返した。


「お次はエフレインの曲だよ!」


 セシリアが弾くギターから、今度は打って変わって情熱的な曲調のアレグリアスが流れ始める。セシリアはガーネットの代表曲も把握しているようだ。


「アイシャ! あんたも踊らないかい?」


「私も?」


 唐突な指名を受けたアイシャは目を丸くする。

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