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電気船「渡雷号」 ④

「おい、流石に断ってもいいんだぞ?」


 ルーファスが取り成そうとしてくれたが、船員たちの期待に満ちた目を見てアイシャは決心する。先程の気恥ずかしさを晴らすためにもその場にじっとしていたくなかった。


「いいえ、やるわ。」


 アイシャは席を立って皆の前に出る。ガーネットで幾度となく聞いた旋律に合わせて長靴を甲板に打ち付けながら、全身を指先まで優雅に、そして情熱的に動かしてアレグリアスを披露する。


「いいぞ、アイシャ!」


 船員たちが口笛を吹く。誰かが赤いスカーフを投げて寄越した。意図を理解したアイシャは踊りながらスカーフを掴み、扇子に見立ててスカーフをひらめかせる。動きがより立体的になり華やかさも増した。


 更に、ギターを弾くセシリアが本場さながらのカンテを歌い始める。


(凄い。イズナディア人がここまでできるなんて。)


「全く、いつの間に覚えたんだか……。」


 呆れ顔のグレースを含めた船員たちが手拍子を合わせ始め、宴が更に盛り上がる。アイシャは汗を滲ませながら笑みを浮かべた。何よりも久しぶりに火の国の旋律を聞けて嬉しかったのだ。


(ここで締めくくりね。)


 皆の熱気が高まる中、アイシャは勢いよく回転を続ける。船員たちの手拍子や口笛がより激しくなっていった。しかしその時、急な眩暈がアイシャを襲った。


「うっ。」


 アイシャはふらついて床に手を付く。ラム酒の酔いも回り、世界がぐるぐると回っていた。


「おい、大丈夫か?」


 見かねたルーファスが駆け寄る。ぱたりと音楽が止まった中、船員たちが心配そうに見つめている。


「……ごめんなさい。ちょっと酔ったみたい。」


 アイシャが俯きながら囁く。ルーファスが皆に呼びかけた。


「酔いが回ってるようだ。少し休ませてやれ。」


「ああ、素晴らしいダンスだったよ。ゆっくり休みな!」


 グレースが大きな拍手を送る。船員たちも倣い、口々にアイシャを褒めた。


「悪かったね。才能ある踊り手に出会えて興奮してしまったよ。今度お詫びをさせておくれ。」


 壁にもたれ掛かるアイシャにセシリアが近付き声をかける。アイシャは小さく頷いた。セシリアが丸椅子に座り直し、今度は落ち着いた旋律を奏で始める。


 傍でアイシャを支えていたルーファスが興奮気味に問いかけた。


「凄かったぞ。誰に習ったんだ?」


「……カトレアよ。国を代表する戦交官たるもの、自国の文化を体現しなければならないって、叩き込まれたわ。」


 アイシャは吐き気を堪えながら答える。当時の過酷な訓練を思い出して気分が更に悪化した。


「ちょっと待ってろ。水を持ってくる。」


 長机の脇にある樽へと向かったルーファスがコップで水を掬い上げ、アイシャの元へ戻ろうとする。


「ルーファス! 介抱する振りしてアイシャに変なまねするんじゃないよ。」


 ヴェルミオンと話していたグレースが釘を刺す。


「馬鹿言うな! そんなことしたら、その不死鳥に灰にされちまう。」


 ルーファスがヴェルミオンを指差して怒鳴る。彼のむきになった態度を見て、皆がどっと笑った。


「ったく、揃いも揃って俺を馬鹿にしやがって。」


 アイシャの元へ、むくれた表情のルーファスが戻って来た。水の入ったコップをそっと差し出す。


「ほらよ。とっとと酔いを醒ましな。」


「……ありがとう、ルーファス。」


 アイシャは頬を上気させ、深紅の瞳を潤ませながら礼を言う。その表情を見たルーファスが目を丸くし、アイシャからさっと視線を逸らした。


「暫く傍にいてやる。何かあったらすぐに言えよ。」


 アイシャはこくりと頷く。いざという時に頼りになるルーファスを横に、普段より高鳴る胸の鼓動は酔いに依るものだけではなかった。





 砲門から入る潮風に当たること暫く、アイシャの酔いは醒めていた。夜更けまで続いた宴も終わりに近づき、船室に帰る者、長机に突っ伏して寝る者が出始めた。


 グレースが立ち上がり、よく響く声で船員たちに呼びかける。


「お前たち! 宴は終わりだ。とっとと片付けて、夜の当番に当たってない奴は早く寝な。」


「はい船長!」


 長机に突っ伏していた船員も目を覚まし、他の船員に混じってきびきびと片付けを始めた。船長の号令のもと、船員たちは統率のとれた動きで、手際よくテーブルの上を片付けて行く。


 その様子を見ていたアイシャは立ち上がり、傍にいるルーファスに声をかける。


「私も寝るわ。」


「ああ。」


 頷くルーファスを連れて、アイシャは客室へと向かった。






 客室の扉を開けると、部屋は真っ暗だった。窓から微かに差し込む月明りが、窓脇にある吊り下げ式の寝台を照らしている。アイシャは掌に火の玉を出現させて、周囲を見回した。


 吊り下げ式の寝台以外には、ハンモック、化粧台が部屋に詰め込まれ、人二人が入れば身動きが取れない程であった。


「寝る場所は決まったか?」


「ええ、私は……。」


 急に船が大きく揺れ、体勢を崩したアイシャは真後ろにいたルーファスにぶつかった。引き締まった身体を背中越しに感じ、思わずびくりとする。


「あっ、ごめん。」


「何だ。まだ酔いが醒めてないのか?」


 揶揄うルーファスからさっと身を離し、振り返らずに答えた。


「私は寝台にするわ。それでいい?」


「ああ、構わないさ。」


 ルーファスが欠伸をしながら答える。上着を脱ぎ、慣れた動作でハンモックに横たわった。幅の狭いハンモックの上で器用に脚を組み、姿勢を保っている。


 アイシャは掌の火を消し、ちらりとルーファスの方を見やった。


「……それじゃあ、おやすみ。」


「ああ、おやすみ。」


 アイシャは月明りを頼りに、棺桶のような箱型の寝台の中に入った。毛布を引き寄せて丸くなり、ルーファスに背を向ける。腰元に隠していた短剣を、胸の前でぎゅっと握り締めた。


 ルーファスのことは信頼している。それでも、グレースの言う通り、二人きりになったらどうなるのか? いざという時のために備えて、胸元の短剣はどうしても必要だと思った。


(大丈夫。私にはヴェルミオンもいるんだから。二対一なら彼に勝ち目は無いわ。)


 胸の高鳴りは抑えられず、目は冴えてしまっている。今夜はすぐ眠れそうに無かった。

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