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虎招亭 ②

「取引?」


「ええ。貴方が戦場へ行くと言うのなら、一つ約束をして欲しい。その約束が守られたなら、帝国で拘束された火の国の商人たちを全員返還しましょう。」


 アイシャは目を細める。工部省長官であるアルメリアに、商人たちを解放する権限があるとは思えなかった。


「工部省のあなたがどうやって解放するというの?」


「私が持つ特権を行使すると思って頂戴。信用が無いと言うのであれば、これを貴方に渡すわ。」


 アルメリアが手元の書面に捺印し、アイシャに手渡す。そこには、『以下が守られた場合、拘束された火の国の商人全員を返還する』と書かれていた。


「アルメリア……。」


 ルーファスが驚きを露わにするが、アルメリアが制す。


「筆跡だけでは言い逃れの余地がある。この印があれば、確かに私が認めたことの証になるでしょう。」


「その条件は、『フェリシアを生きて帝国に帰還させること』……。」


 アイシャは美しい筆跡で書かれた内容を読み上げ、眉根を寄せた。


「貴方の懸念は理解するわ。その条件を守るには相当な困難が伴う。これからヒブラルタル海峡で繰り広げられる戦争で、自分の身を守りながら一人の魔女の命を保証しろと言うのだから。」


「……。」


「それはフェリシアが最悪の状況に置かれた時に、僅かでも生存する可能性を上げるための約束よ。でも、フェリシアが正に味方の命を奪おうとしている最中に、彼女を守るのは不可能でしょう。


 その条件が意味を持つのは、フェリシアを生きて捕らえた時だけ。彼女を見逃すか、捕虜とするか、その場で殺すか。その判断が下る前に、約束の内容を指揮官に伝えて欲しい。


 それでも殺すというのであれば、彼女が運に見放されたと諦めるしかないわ。」


 アルメリアは淡々と語るが、蒼い瞳からは刺すような視線が放たれていた。


「意図は分かったわ。でも火の国の利益を最大限にするのであれば、フェリシアを殺し、この書面であなたの内通を告発することだってできる。あなたの立場が危うくなるはずよ。」


「カトレアの部下である貴方がそう判断するのであれば、それでも構わないわ。ただし、帝国で強力な権限を持つ私との繋がりを永久に失うことは覚悟しなさい。」


 魔女の鋭い指摘を受け、アイシャの身に緊張が走る。


「……何故、そこまでするの?」


「この戦争ではフェリシアが命を落とす何かが起きる。これは予感よ。以前、あの人を失った時と同じように……。」


 最後の言葉に引っ掛かりを覚えたが、アイシャは敢えてそれ以上は訊かなかった。


「分かった。確実なことは言えないけど、フェリシアを守るために手を尽くす。カトレアが築いたあなたとの関係を簡単に壊すようなことはしないわ。」


 アイシャはアルメリアを真っ直ぐ見つめながら意志を伝える。外ならぬ火の魔女の判断によって築かれた帝国との架け橋を失うつもりは無かった。


「ありがとう。やはり、貴方は信頼に値するわね。」


 アルメリアがほっとした表情で微笑む。


「さあ、すぐにここを発つのでしょう? ムーナを伴わせるから、先に下に降りて支度をしなさい。ルーファスは少しここに残って。」


〈来なさい。火の魔女に仕えるものたち。〉


「ええ。」


 止まり木から飛び立ったムーナに導かれ、アイシャとヴェルミオンは昇降機へと向かった。








 アイシャたちが研究室を出た後、ルーファスはアルメリアに問いかけた。


「情報を渡し過ぎじゃないか? 流石のあんたも、立場が無くなるぞ。」


「心配は無用よ。私が何を一番恐れているか、貴方も分かっているでしょう?」


 手元で何かを認めながら魔女が答える。


「そこまでお嬢ちゃんに肩入れする理由は何だ?」


「彼女から目が離せないからよ。あの強固な意志は、他を巻き込み閉塞した状況を打開する力になるわ。例え敵であろうと、彼女が選択する次の一手が気になってしまう。それは貴方も同じではないの?」


「それは……。」


 ルーファスは思わず否定しかけて自制する。拙速な否定が肯定を意味することを直感し、自らに苛立ちをぶつけた。


(まさか俺が、あのお嬢ちゃんに……?)


 ルーファスの躊躇いを面白そうに見つめながら魔女が口を開く。


「ルーファス、あの娘との繋がりは貴重よ。我々は火の魔女と築いた関係を大事にしなければならない。無事に火の国まで送り届けて。」


「ああ、分かってるさ。」


 ルーファスは頷く。外ならぬ雷の魔女の判断に逆らうつもりは無かった。

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